星と写真の部屋
星あかりで静けさの音を聴く

さあ,出番です

ジパング2 299-2s
車庫から出てきます

今日は雨もふりましたが,渓流で水生昆虫を調べました。




にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/27 23:15】 | 鉄道 | トラックバック(0)

ジパングの内装

ジパング2 226-2s
乗るとモニタースクリーンがあるのです

ジパング2 230s
電車の内装

電車の内部の壁はまるで「螺鈿(らでん)」のような仕上げになっています。漆工芸のシックな光沢あるきらびやかさと貝殻を埋めたまばゆい光に圧倒されます。

世界遺産の中尊寺金色堂の柱の螺鈿細工等を電車内の内装にもってきたのですね。

ジパング2 212-2s
ジパングの顔

ジパング2 133-2s
一関駅に入線してきたジパング



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/26 06:18】 | 鉄道 | トラックバック(0)

夕闇を駆ける

鳴子夜 128-2s
夕闇を駆ける   陸羽東線 鳴子御殿湯-鳴子温泉

この写真を撮ったのは午後6時50分です。実はもう辺りは暗闇の状態です。日没が毎日一分ずつ早くなっています。
感度を上げて,カメラの設定は上限ぎりぎりの状態です。

この時間帯を上手に撮ることがなかなかできません。

林完次氏によれば夕暮れの空の色は

  「少し紫がかったるり色(ラピスラズリ)

   青紫のすみれ色(バイオレット)

   りんどう色(ジェンティアンブルー)

   紫から赤紫のあやめ色(パープル)

   ぼたん色(ピアニーパープル)

   やがて赤みがかった色は闇に吸い込まれるように
   ヘリオトープ

   アメジスト
   くわの実色

   インディゴブルー

   ミッドナイトブルー」
                  林完次『天の羊』から
と変わっていくと書かれていました。
この夕暮れの豊かな色を人の目で見たように再現することは難しいことです。

夕焼けが美しいとき,何か異界に入っていくような思いにもかられます。そんな思いが「ヒステリア シベリアカ」の話にもなっていくのでしょう。訳すとシベリアのヒステリーとなります。
19世紀のロシア,シベリアに住んでいる人間に独特の病気があった。女性が罹るヒステリーではなく男,特に働き盛りの男が罹るヒステリーです。
シベリアの大平原の一角に,ある家族が農業を営んで住んでいる。大概が百姓をしている。見渡す限りの広い耕地を耕して夏の間だけでもかろうじて農業をしている。朝は日の出前から夜は星が出るまでひたすら働き続ける。そのように父も生きてきたし母も生きてきた。わたしもそう生きることが当たり前だと思って生きている。都会になど出かけたこともないし興味もなかった。その日も落日まで働き続けて男はふと顔を上げた。シベリアの大地に大きな夕陽がかかっている。なんと大きな赤い夕陽であることか。男はみるみる沈む真っ赤な夕陽を憑かれたように見入ります。
すると突然心の中に不思議な衝動が湧き上がってきて,彼はポッと持っていた鍬を捨てて,夕陽に向かってトコトコと歩き始めた。どんどんどんどん畑を越え,林を越え,草原を越えてひたすら憑かれたように夕陽の方向に歩き続けるのです。どこまで行っても果てがない。やがて行き倒れるのです。またオオカミにでも食べられてしまう。
この話を私は五木寛之の「漂泊者の心」で読んだのですが,印象深かったのか,村上春樹の「太陽の南 国境の西」にも出てきます。「太陽の南 国境の西」は1991年頃に書かれたものらしいですが,このように書かれているようです。
「そしてある日、あなたの中で何かが死んでしまうの」
「死ぬって、どんなものが?」
彼女は首を振った。
「わからないわ。何かよ。東の地平線から上がって、中空を通り過ぎて、西の地平線に沈んでいく太陽を毎日毎日繰り返して見ているうちに、あなたの中で何かがぷつんと切れて死んでしまうの。そしてあなたは地面に鋤を放り出し、そのまま何も考えずにずっと西に向けて歩いていくの。太陽の西に向けて。そして憑かれたように何日も何日も飲まず食わずで歩き続けて、そのまま地面に倒れて死んでしまうの。それがヒステリア・シベリアナ」
僕は大地につっぷして死んでいくシベリアの農夫の姿を思い浮かべた。
「太陽の西には一体何があるの?」
今日は夕焼けになるでしょうか。



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/25 06:35】 | 鉄道 | トラックバック(0)

坂道の始まり

鳴子夜 041-2s
坂道の始まり

さあこれから分水嶺まで,坂道が続きます。
陸羽東線のキハはみんな精悍な顔付きをしています。
盛大な排気を上げて長い坂に備えます。

がんばれ。



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/23 19:12】 | 鉄道 | トラックバック(0)

月が昇るまでの間

鳴子夜 253-2s
月が昇るまでのひととき

昨日はすごく暑かったですね。
昨日は鳴子に陸羽東線を見に行きました。
夜も晴れたのですが,月齢18の月が昇るのは8時過ぎ。月が昇ると星は消えていきます。ほんのひとときの星空に電車をからめてみました。

陸羽東線 鳴子御殿湯-川渡温泉



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/22 07:43】 | 鉄道 | トラックバック(0)

童話村の森 ライトアップ

花巻 112-2s
「童話村の森 ライトアップ~現実と幻想のはざまで~」

今年は宮澤賢治生誕120年に当たる年だそうで様々な企画があるようです。
その中で「童話村の森 ライトアップ~現実と幻想のはざまで~」に行ってみました。ステンドガラスや偏光フィルターを使ったオブジェの内部から明かりを灯すものです。
夕焼けの色,森の色,フィルターの色,空気の色など様々に映り込んだ光に美しさを感じました。

これからですと8月は20日~28日,9月は17日~25日までと,期間限定で行われています。

花巻 348-2gs
広場に置かれたオブジェ


花巻 185-2s
森の中で光り出す


花巻 265_4_6_fused-2s
池の周りにあるオブジェ

詳しくは こちら 。



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/21 14:14】 | 宮澤賢治 | トラックバック(0)

鳴子峡を越えて

鳴子 074-2gs
鳴子峡を越えて

リゾートみのりが鳴子峡を越えて,鳴子温泉駅へと入ってきます。



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/19 20:32】 | 鉄道 | トラックバック(0)

赤い櫛

異途への旅立ち 840_39_38_fused-2-s
思惟の森

今日はひまだれにお話をします。

お雪がこの家に来てからというもの
男はしみじみと人の幸せを感じることが多くなった
どうにかしてと歳の市に出掛けた折に,赤い櫛を求めて,やっと吹雪の晩に渡した。
赤い櫛をじっと見つめていたお雪は,やがて髪に赤い櫛を入れた。
「風呂にでも入ったらどうだ。今夜はまた特別に寒い。」
お雪はかすかに頷いて,風呂場に入った。

随分と時が経った。風呂場からは物音ひとつしない。
「お雪」と男は心配して声を掛けた。返事もない。
男は再び声を掛けると風呂場を覗いた。
濛々と立ちこめる湯気の中にお雪はいなかった。
ただ暗い風呂場の湯船の上に赤い櫛がかすかに浮いて漂っていた。

これは「雪女」の話ですが,宮城県の一迫の語り部の人が話していたものです。
赤い櫛が印象深く使われています。
先日石川啄木の鉄道の歌を紹介しましたが,「一握の砂」にこんな歌をみつけました。

夷(なだら)かに
麦の青める丘の根の
小径に赤き小櫛ひろえり

広大な丘をつくる麦畑とその脇を通る小径にぽつんと小さな赤い櫛が落ちていたという,鮮やかな対照が際立っています。

遠野 046_7_8_tonemapped-2s
卯子酉様

この歌の前の方にこんな歌があります。

宗次郎に
おかねが泣きて口説き居り
大根の花白きゆふぐれ


「おう,宗次郎!いつ盛岡に出てきた。」
「きのうです」
「何しに?」
「仕事さがしです」
はじめ(啄木)は,渋民村のことを思い出した。こんなところで,同郷人に逢えるなどとは思ってもいなかったので,ふだんは口もあまりきかなかった宗次郎でさえも,何年来の友人だったような気がしてきたのである。

はじめ-故郷の奴に逢うのは久し振りなんだ。みんなどうしてる?
宗次郎-変わりなくしている,といいたいところですが,このところすっかり変わってしまいましたよ。
はじめ-たった一二年の間にか?
宗次郎-はい。
はじめ-おかねは?
宗次郎-・・・・・
はじめ-まだ結婚しないのか?
宗次郎-うちも,親父が死んで田畑を売りまして。
はじめ-あの広い田畑をか?
宗次郎-はい。大根畑まですっかり売ってしまいました。おっ母が反対で,自分の嫁入りどきの持参金代わりの田畑を売るくらいなら死んだ方がましだ,とまで言いはっておかしくなってしまいました。でも死んだ親父にずいぶん借金がありましたもんで,仕方がなかったのでございます。

異途への旅立ち 927-2s村はずれのお堂

宗次郎の話ははじめの心にかかるものがあった。田畑を売り払われて,自分自身の魂の安住の場を失った百姓出身の女が,夜になると発狂し,「売られた田畑」へ行っては,その土に手でさわってくるという話は,貧しい北国までおしよせてこようとしている「近代」の嵐の予兆として考えても,あまりにむごいものがある。「うちのおっ母は」と宗次郎は言った。
「嫁に来るときしてきた,自分の真っ赤な櫛や帯止めを,売られた田畑のあちこちに埋めておいて,,おらが連れ戻しに行くと
「ここはあたしの土地だよ。あたしの土地だよ」と叫びながら,まるで狐でも憑いたように,月の光の下で髪をざんばらにしたまま踊りだすんです」

話をきいているうちに,はじめには宗次郎の母親の顔がうかんできた。ひどく臆病そうで,愛嬌いいおばさんだったが・・・。
これは寺山修司の「大根の花はなぜ白いか」からの引用です。

この創作はまさに啄木の二つの歌

夷(なだら)かに
麦の青める丘の根の
小径に赤き小櫛ひろえり

宗次郎に
おかねが泣きて口説き居り
大根の花白きゆふぐれ

を融合させた解釈から成り立っているのではないでしょうか。そしてここから「田園に死す」の寺山ワールドが始まります。
〔夜になると埋めた真っ赤な櫛が歌を歌った。畑を返せ。田を返せ。櫛に絡んだ黒髪の,十五の年のお祭りの,お面をかえせ,笛かえせ。かなしいわたしの顔かえせ〕化鳥は夢の中で田を掘り起こす〔するとどこを掘っても真っ赤な櫛が出てきた,〕

この寺山修司による啄木の二つの歌の解釈は,啄木と寺山が何か同じ原風景の生々しい記憶を持っているかのように思えます。すっきりとまとめた啄木の歌を,寺山は生々しくきわどく恐ろしいほどに血肉化しています。

この赤い櫛は物語化されたことで,私たちに何を訴えようとするのでしょうか。
魂,怨念,情念・・・。

ここで思い出しましょう。
「遠野物語」の六三の「マヨイガ」です。
又或日我家のカドに出でゝ物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。あまり美しければ拾ひ上げたれど、之を食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツの中に起きてケセネを量る器と為したり。然るに此器にて量り始めてより、いつ迄経ちてもケセネ尽きず。家の者も之を怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾ひ上げし由をば語りぬ。此家はこれより幸運に向ひ、終に今の三浦家と成れり。
赤は強く訴えかけます。

雨の大船渡線 110-2s
雨の山の彼方へ

近代の嵐に翻弄され続けた東北の民が物言わず,むしろ口をつぐんで耐えてきた遺伝子の記憶が啄木と寺山を結びつけていたと思えるのです。



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/18 21:45】 | 遠野物語 | トラックバック(0)

陽炎の彼方へ

ジパング 106-2s
陽炎の彼方へ

真夏の昼下がり
陽炎は燃え立って
その彼方に
電車は進んでいきます



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/17 16:29】 | 鉄道 | トラックバック(0)

DE10

月曜石巻線 051-2-1down
DE10-3507
石巻線 上涌谷-涌谷



にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
関連記事
【2016/08/16 09:32】 | 鉄道 | トラックバック(0)
次へ

プロフィール

Author:nitta245
星,山歩き,写真,宮沢賢治が好きです。
宮城県の北部,伊豆沼のある登米市に住んでいます。

カレンダー

07 | 2016/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

カテゴリ

最新記事

FC2カウンター

「星と写真の部屋」の画像コーナー

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する