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馬頭観音―馬の役割―

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百姓家の倉庫

おそらく馬産地でなくても馬頭観音の石碑が多いのは全国で似た傾向でしょう。昔,街道の各駅には馬が十頭単位で用意されていただろうし,農耕も馬が負っていただろうし,荷物を運んだのも馬でした。天変地異が心配される場合に最上の祈願とされたのは馬を奉納することだという話も残っています。馬は神様の乗り物でもあったとする話もよくあります。
この地方では産婦が産気づいても、山の神様が来ぬうちは、子供は産まれぬといわれており、馬に荷鞍を置いて人が乗る時と同じ様にしつらえ、 山の神様をお迎えに行く。その時はすべて馬の往くままにまかせ、人は後からついて行く。そうして馬が道で身顫いをして立ち止まった時が、山の神様が馬に乗られた時であるから、手綱を引いて連れ戻る。場合によっては家の城前ですぐ神様に遭うこともあれば、村境あたりまで行っても馬が立ち止まらぬこともある。神様が来ると、それとほとんど同時に出産があるのが常である。       「遠野物語拾遺237」
「遠野物語」だから遠野周辺の限られた話と思わずに広く目を向けてみれば全国の農村のそこここにこんな馬に関係する話が残っているものです。
私が小さい頃は婚礼があると美しい色合いで飾られた馬に乗ってお嫁さんが嫁いできた思い出もあります。とにかくも馬頭観音を知って,馬のことを辿っていくと今までバラバラだった東北の信仰の姿が見事につながっていくことに気付いたのでした。

その馬の話でなんと言っても多くに知られているのが「遠野物語」のオシラサマの話でしょう。おさらいがてらにその話をもう一度味わいましょう。
今の土淵村には大同と云ふ家二軒あり。山口の大同は当主を大洞万之丞と云ふ。此人の養母名はおひで、八十を超えて今も達者なり。佐々木氏の祖母の姉なり。魔法に長じたり。まじなひにて蛇を殺し、木に止れまる鳥を落しなどするを佐々木君はよく見せてもらひたり。

昨年の旧暦正月十五日に、此老女の語りしには、昔ある処に貧しき百姓あり。妻は無くて美しき娘あり。又一匹の馬を養ふ。娘此馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝ね、終に馬と夫婦に成れり。或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首に縋りて泣きゐたりしを、父は之を悪みて斧を以て後より馬の首を切り落せしに、忽ち娘は其首にたるまゝ天に昇り去れり。

オシラサマと云ふは此時より成りたる神なり。馬をつり下げたる桑の枝にて其神の像を作る。其像三つありき。本にて作りしは山口の大同にあり。之を姉神とす。中にて作りしは山崎の在家権十郎と云ふ人の家に在り。佐々木氏の伯母が縁付きたる家なるが、今は家絶えて神の行方を知らず。末にて作りし妹神の像は今附馬牛村に在りと云へり。            「遠野物語69」
何度読んでもどこか残酷で哀しくそして美しくも感じられます。後の話では馬と一緒にいなくなった娘が父のことを案じて父の夢枕に立ち,蚕を育てるように言うわけです。馬と蚕とオシラサマ。ですから蚕の食べ物となる桑でオシラサマをつくる,そして年に一回女の正月の時に女だけでオシラサマを出してきてお化粧させたり,服を着替えさせたりしてオシラサマを遊ばせて喜ばせてあげる。それがまた昔から伝わる「オクナイサマ」と溶け合った信仰へとつながっていきます。佐々木喜善は「オクナイサマ」を「御宮内様」と書いています。そしてこうつなげます。
山口の大同の家のオシラサマは、元は山崎の作右衛門という人の家から、別れてこの家に来たものであるという。三人の姉妹で、一人は柏崎の長九郎、即ち前に挙げた阿部家に在るものがそれだということである。大同の家にはオクナイ様が古くからあって、毎年正月の十六日には、この二尺ばかりの大師様ともいう木像に、白粉を塗ってあげる習わしであったのが、自然に後に来られたオシラサマにも、そうする様になったといっている。
                                                     「遠野物語拾遺80」
この小正月の女だけの「オシラアソビ」の行事の様子を佐々木喜善は日記にこう書いています。「今日ハオシラ遊ビニツキ丸古立の母,厚楽ノ祖母,柳立ノ叔母ナド来リ鏡餅ヲ持ッテキテ供フ。オシロヒナドヲヌリテアソバス。」
オシラサマは女の人だけの神様ですが,厳しい面もあると言います。山の神の役目も果たしていて狩りに行くのにオシラサマの向いた方が吉方位と言って占いを立てていたそうです。眼の神様でもあり,病気を治してくれたりします。」
この「御宮内様」で拝んでいた「二尺ばかりの大師様の木像」とは何でしょう。内藤正敏氏によれば聖徳太子像だといいます。ここで太子信仰が出てきます。そして聖徳太子というと黒駒に乗り善光寺へと飛ぶ聖徳太子の姿が思い浮かびます。黒い馬と聖徳太子。もともと聖徳太子は厩戸前で生まれたので厩戸(うまやど・うまやと)皇子と言われていますね。

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柳田國男は「勝善神」(全集五巻)の中の猿回しの内容に触れてこう言います。「猿屋の始祖を小山判官政氏と称す。聖徳太子の臣下なり。太子が片岡山の路にして達磨尊者の権化と邂逅したまいし時政氏は実にその扈従(こしょう)の列にありき。政氏は一の白猿を養える。神霊の托するところなり。後にこれを牽きて諸国を巡回す。ある時白猿黒駒に乗りて太子の御前に来たり命によりその黒駒を献じて去る。元来猿は霊畜の隋一にして日域にては猿田彦命,猿女命の神霊を厩の守り神とするもこのためなり。」
馬とその守り神の聖徳太子信仰。そしてそれを取り次ぐ猿。元来猿回しは厩を回り,馬の健康安全を言祝ぐ(ことほぐ)役目があったのです。
天正十一年東照宮御召馬三疋病有り。そこで茨城県の佐貫に住んでいた猿引きが呼ばれて「猿祓(さるばらい)」を行ったら馬の病気は治ったという話があります。このように猿は馬の守り神にもなっているのです。実際に猿が馬を引いている絵馬もあるそうですね。
よく馬が水を飲みに行った川で河童が馬を引き入れるという,これまた遠野のお話がありますが,猿が馬を引っ張るのが定番のようですから河童の正体は猿だとも妄想できますね。

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さて馬の守り神でもある聖徳太子と黒駒。そしてそれを取り持つ猿。猿と河童。
話は縦横無尽に広がって行くように感じます。ところでなぜ白猿は太子に黒い馬を献じたのでしょうか。黒い馬にはどんな意味があるのでしょう。こう言われています。
雨コイニ黒馬ヲ用事(もちいること)ハ、陰の色水ノ色也。天ノクモリテクラキニカタドリテ、黒馬ヲ用ナリ。
と言われ,日照りの場合は黒い馬を献上することを意味しているようです。じゃあ白い馬はその反対で水害や川の氾濫の場合は昔の人は白い馬を献上して晴れることを祈願していました。こういう色を使い分けているのは陰陽道的な考えですね。

いずれにしても馬で多くの信仰が見事につながっていく不思議。いいとこ取りをしながら様々な信仰を幾重にも重ねて,溶け合わせながら,互いの威厳を損なわないように残し続けた昔の人々の智恵。素晴らしいです。


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馬頭観音―絵馬の魅力―

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お陰様でめんこい馬っこ産まれました

石碑調査をして馬頭観音に興味をもち,馬頭観音が本尊のお寺を回っている内に今度は絵馬の魅力にはまってしまいました。
美しさ,愛情,素朴な声。願い。健康。絵馬にはそんな人の感情のすべてが入っていたのでした。
新しい発見があって楽しい日々です。


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繰り返しの美しさ
リフレインの歌が聞こえてきそうです。

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みつめる眼(まなこ)

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終奏曲

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終奏曲

画面下左をホタルの光が流れていきます。
力尽きてそれでも光り続けながら流されていくホタルです。
どうしてこれ程にがんばるのか。もらった命を灰となるまで燃やし続けようとする生き物たちの姿に私はただうなだれてしまいます。

もうこれでいいと思います。
これで今年のゲンジボタルの写真を終わりにしたいと思います。


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半夏生の夜

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夏の大三角を飛ぶ 昨夜7月2日

昨日は「半夏生(はんげしょう)」と言われる七十二節気の一つでした。ホタルが舞う季節も七月に入ったわけです。もう7日の小暑,七夕になります。季節ははどんどん移り変わっていきますね。夜が更けるにつれて星がきれいに見えてきました。

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天の川輝く

ホタルは少しずつ少なくなっています。
力尽きて川を流されていくホタルを見ました。
助けてあげました。

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流されていたホタル(真ん中)を木の杭に止まらせてあげました

ホタルたちもがんばっています


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ホタル後半戦へ突入か

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ゲンジボタルは上へヒメボタルは下へ。まるで棲み分けているかのようです。 昨夜7月1日撮影

6月25日と26日に賑わったホタルたち
そしてその後3日間も雨は降り続きました。川は数倍も増水していました。
もう駄目だろう。26日がピークだったのだと感じて,昨夜は期待せずに出掛けました。しかし,何と・・・。

後半戦に突入したかのような自由な飛翔が繰り広げられていたのです。
どうやら雨の三日間の内にやんわりと飛びながら準備運動していたホタルたちが,一斉にさあ雨も上がった。本番だと気合いを入れて飛んでいるようなのです。

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高いところを飛ぶホタルが多かったです。このようにホタルが高いところを飛ぶことは最も活発な時期の特徴です。

しかしもう何年もホタルを観に行っていて,ある程度生態がつかめたかと思うと,全く違う展開となります。思えば3日続きの雨でも激しく飛んだり,全く予測不可能です。それに後半戦に備えているホタルがこんなにもいるとすれば,全体を通してどれくらいホタルがいるのか。ホタルの楽園とはこの場所を言うのかと思い知らされました。今年こそホタルの産卵を観たい。もう体力勝負の連続です。


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