2022/12/10

初雪の北上川
オシラサマがたくさん奉納されている大乗寺へ向かう
北上川を遡る。昨夜からの雪がうっすらと河畔を白く染めている。私は北上川を遡る,この道が好きだ。薄衣城下を過ぎると現代的な橋の奥に北上川に迫るように突き出した尾根を望む。その中腹に無住の寺聖徳山大乗寺がある。

200体ほどのオシラサマが並ぶ大乗寺
ちなみに平成14年の記録に依れば大乗寺にあるオシラサマは180体で,この内,頭まで布で包む包頭型は165体,頭が布から突き出ているような型,貫頭型は15体だそうです。また,オシラサマの芯となる部分が木であるものが116体,竹が60体,不明4体だそうです。一方,オシラ堂で有名な遠野のオシラサマ(177体)の型は,大乗寺と反対で,貫頭型が131体,包頭型が46体だそうで,地域差があるのでしょうか。「いわてオシラサマ探訪」岩手県博物館2008から
ここからオシラ遊びの話の続きです
「お母さん。オシラサマってこわい神様には見えないね」
若は巫女の手によって小刻みに震えながらよよと泣く女オシラを見ながら言った。
「そうね。可哀想ね。でもこんな悲しみにも耐えて,家に残されたお父やお母のことを案じているんだよ。やさしいオシラさんだね。ある巫女さんが巫女の仕事をやめる時に,オシラサマを手厚く川に流したんだよ。しばらくしたら流れに逆らうようにまた流した場所に戻ってきたっていうよ。それを見た巫女は何ということをしてしまったのか。オシラサマに失礼なことをしたと川に入ってオシラサマを助け出して家に抱いて持ち帰ったというよ。そして最後に大乗寺のお坊さんに相談して預けて供養したとさ。」
「ふーん」
若にとってはオシラサマは怖い神様だと言う人が多いのに,怖いという意味が分からなかった。
「でもね。」と若のお母は続けた。
「オシラサマと約束したことを破ると,口が曲がってしまった人がいるんだって。オシラサマを信仰する人は,二本足や四つ足の生き物は食べないんだって。だから鶏も,卵も,そして鹿や猪だって食べないそうだよ」
「えっ」若は驚いて声を上げた。
「約束なのにこっそりと誰にも知られないならば大丈夫だろうと食べた人がオシラサマの罰を受けたんだね。その上に神罰は約束を破った人だけに現われるのではなく,家族に神罰が現われることがあるそうよ」
オシラサマは約束を守る人は絶体助ける。しかし,約束を守らない人には罰を下すという。
巫女がオシラサマを持って,若の処にやってきた。痛いところやよくしたいところをオシラサマで撫でてもらうのだ。こうすることでオシラサマに治してもらえる。「若はどこか痛いところやよくしたいところはないか」と巫女は尋ねてきた。
若は今聞いた話を思い出して,いらないと手を横に振った。母は怖がっている若に「頭を撫でてもらいなさいな。勉強できるように」
と笑って言った。
若は身を堅くしてお母の両膝に頭を隠した。新しいオセンダクを着た香りの良いオシラサマの柔らかい布がゆっくりと若の頭を撫でていった。
「ありがとうございます。ありがとうございます」若のお母が巫女さんに両手を合わせてお礼を言った。
その夜,若はオシラサマの夢をみた。

大乗寺のオシラサマ 撮影禁止なので公表されている写真で
大乗寺のオシラサマを見て,私は何か心の中ですとんと落ちるものがあった。
亡くなった妻をどうか守ってあげて下さいと拝み,雪がしきりに降る大乗寺を後にした。