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宮城DC(ディステネーションキャンペーン)終わる

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C6120鳴瀬川の鉄橋を渡る。もう少しで終着小牛田。(撮影6/29)

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こちらは,あいにくの梅雨空でした。
栗駒山湯浜コースも岩手・宮城内陸地震以来5年ぶりに再開されたというニュース。しかし登山は行われなかったようです。
雄国沼のニッコウキスゲや朝日連峰のヒメサユリはまだのようです。

こちらの東和町のホタル情報は こちら 。ピークがいつなのか,わかりません。
まだ行っていませんが,昨年の写真をつけておきます。
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明日で15か月

志津川6.10 001s何も終わってはいない。そして始まってはいない。

あの地震と津波から明日で15か月。
ここ南三陸ではあの時のままの景色です。何も終わってはいないし,始まってもいないのです。
知っていてほしい。忘れないでほしい。

C11-325石巻復興号とC58-16

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 今日は震災で遅れていた宮城県県議会議員選挙の日でした。投票が終わった午後,私はJR東北線の小牛田駅に向かいました。昨日今日と二日間,「SL宮城石巻復興号」が仙台-石巻間で運行されていたからです。

 遥か遠くから,薄日の差す宮城の空に高く,鋭く,そして懐かしく,C11325の復興を願う汽笛が鳴り響きました。入線してくるSLを見たとき,はっと思い出したことがありました。南三陸町の松原海浜公園にSLがあったことを思い出したのです。

 車にガソリンが初めて半分まで入った日に,私はまず入谷から南三陸町に入りました。4月3日のことでした。 水も飲めるようになり,食べることも少しできるようになったのが4月に入ってからでした。行かなくては,早く行ってあげなくてはという思いだけがだんだんつのってきていたのです。行って何ができるわけでもないのに,ただそのことだけを考えていました。
 そして,現地に着いたとき,私はただ呆然として空き地に車を停めて,泣いてしまいました。すべてが津波に流され,何もなくなっていたのです。
その中に横倒しになったSLがありました。C58 16です。 
被災地へ4.3 152-s
被災地へ4.3 114-ss
調べると,C58-16のデータがみつかりました。
C58-16
製造年月日  :1938年9月23日
製造所     :川崎車輌株式会社
走行距離    :3,676,414km
全長        :18.275m
幅         :2.936m
高さ      :3.940m
重量        :積車95t 空車75t
炭水車      :水15t 石炭5t
動輪直径    :1.52m
火格子面積   :2150㎡
ボイラー圧力  :16ks/c㎡
最大馬力    :330hp
シリンダー直径:0.48m
最高速度  :85km/h

 重量75tの鉄の塊が一瞬のうちに流される津波の巨大さに驚きます。
 そして1938年生まれの,この機関車が満身創痍ながら,津波に負けず,生き抜いたことも心に残ります。

 このC58-16は,昭和50年に引退し,気仙沼線の全線開通記念として南三陸町に来たのだそうです。

 その機関車がよみがえって,走ってきたように思ったのでした。
 復興の高らかな汽笛を鳴らしながら,爆走する機関車は,凱旋した希望のように感じました。
 石巻の人々はそのように復興のSLの汽笛を聞いたのだと思います。

 少しずつできることをやって行きながら,がんばりましょう。

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希望の花

希望の花希望の花

 それは希望の花であってほしい。
 一瞬であっても永遠に消えることのない
 人の心に咲き続ける花。




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宮城県大崎市古川の復興の花火  田尻加護坊山より撮影

夕暮れの旅路

夕暮れの旅路
夕暮れの旅路(東北新幹線)
ちょっとピンボケ。すいません。
途切れゆく最終車両のランプが残像のように夕暮れの暗闇に消えていきます。さようなら。

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