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理容店にて

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霧立ち込める

どうも自分は人とのコミュニケーションの取り方で悩む性質(たち)だといい歳をして薄々と感じてはいたがやはり気になることがあった。コミュニケーションなので相手が悪いわけでもなく,自分が悪いと言うことでもない。ただ交わされる言葉の意味疎通が互いに大きくずれてしまうのだ。そのずれがどうしても不快になってしまう。

先日娘の結婚式に参列するために理容店に行って髪を切りそろえた。
「結婚式に出るので少しはっきりとした感じにしたい」
普段は何も言わずおまかせでやってもらう私だが今回だけは結婚式なのでそう言ってみた。
「どこをどうしたいのですか」と若い男はハサミを持ちながら鏡の中の私に言った。
正直私はとても驚き,言葉が詰まった。明らかに鏡の中の若い男の「どこをどうしたいのですか」という返事には柔らかな拒否が感じられたからだ。「どこをどうしたいのですか」,普通そのような返事はしないだろう。私は髪のプロに結婚式向きのカットを注文したのである。髪のプロが結婚式に参列するという客の言葉を聞いて一体どのような点に気を付けてカットすればよいかは理解できるのではないかと私は予想してそれも幾分下手(したて)に注文したのだ。いや,少なくても髪のプロだったらそれくらいは知っているだろうという勝手な値踏みを私もしていた点に落ち度があるということなのか。ところが何度も言うが髪のプロフェッショナルからの返事はこうだった。「どこをどうしたいのですか」だ。
正直私はその返事にとても驚いた。二の句が継げないほどだった。しまったと思った。こんな若造にこんなことを言うんじゃなかったと思った。大きな鏡の前に人生のフィナーレの黒い幕がするすると下り始めた思いだった。返事の言葉自体に明らかな拒否が感じられた私には次の瞬間,むらむらと湧き上がって来るものを感じた。「どこをどうしたいのですか」という無礼な言葉に対して,それを受けて立つ正統的で紳士的なやり返す言葉だ。私は自然と鼻息が荒くなるのを抑えて言った。
「例えば生え際をきれいにそろえるとかさ・・・。」私は自虐的な照れ隠しのような笑みを浮かべていった。ところがこう言った。
「それは顔そりがやります。どこをどうしたいのですか」
(言葉ではっきりと自分の考えを言え。そうでなければやらんぞ。)こう言われているような気持ちになった。それも少なくても100字以内で簡潔に要点を押さえて言うこと,そんなテストを受けているようだ。

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赤い朝

仕方なくこう言った。「短めの髪で六対四くらいの分け方。後ろは軽く刈り上げるように」(これじゃ。普段通りじゃないか)
「承知いたしました」若い男は言われたように切り始めた。そして顔そりの係の男には「結婚式だそうです」も何も伝えはしなかった。自分の仕事は言われたようにやった。顔そりの同僚も仕事に自信を持っているから客がサミットに出ても結婚式に出ても恥ずかしくない顔そりをするだろうと思っているのだろうか。だから客の情報も伝えないのか。とんでもねえ思い違いをしてねーか。若者っ。成人式もう終わってるよな。
私は負けたのである。最後のセットの係の男が私の結婚式出席を知り,仕上げのスプレーをまるごと一缶使うように吹き付け,私の髪の毛は硬い針金のようになった。
そうか。これが結婚式用の仕上げなのだ。私は泣きそうになりながら思った。
私は若い髪のプロ集団に負けたのである。

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この頃ぱらぱらとしか飛ばなくなった蕪栗沼

私は少なくとも次のような心が満たされる会話を夢見ていた。

私「結婚式に出るので少しはっきりとした感じにしたい」
店「そうですか。おめでとうございます。それでは結婚式ですからはっきりと(髪を)分けましょうか。後ろは少し刈り上げた方が印象がいいですね。丁寧にやらせていだきます。」
私「ああ。頼む」

いずれにせよ。コミュニケーションの難しさをいやと言うほど感じさせられた理容店だった。
次の日,太い針金のような髪で私は娘とバージンロードを歩いた。

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終わった後のさみしさ

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新田中学校 12/13「歓喜に寄す」を歌う会

夕暮れの青の時間に天にふんわりと昇っていく生徒達の歌声
その空に一人一人の一年間の思い出やマガンの親子が塒に帰ろうとしている姿が映る
最後に彼らの後ろには黄色に輝く金が鋭く光る
この世にあるようにあることが許された子どもたちの声よ
その声のまま生きていってほしい


iss中学校4-2s
終わった後のさみしさ

終わった後,さみしくなった
なんでもそうだった
いつでもそうだった
終わった後に一人でいると
妙にさみしくなる
するとISSが手を振るように空に虹を描いた

歌をありがとう
ちゃんと聴いていたよ
そう言っているように思えた。



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ヒガンバナ満開です

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朝日差す

よかったらどうぞ。
「わたしの写真をささえるもの」お話会
日時 令和元年10月5日(土)夜7時
場所 伊豆沼農産「くんぺる」
申し込み・連絡・お問い合わせは伊豆沼農産「くんぺる」(0220-28-2986)
マガンが朝昼晩と晴れた空を悠々と飛んでいる。随分と数も増えたようだ。霧の朝など,一斉に鳴き声と共に飛び立つ羽音は霧で姿が見えない分だけ迫力がある。マガン達が鳴き交わす音,林の繁みにはすだく虫の音,稲刈りの音,農家の前を通れば穫り入れた米を脱穀する音。秋は音の季節だと改めて感じる。

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ほんにょ

夕暮れの新山権現にお参りすると林の奥から暖かい空気が降りてきた。どこかかすかによい香りを漂わせた空気だ。お参りがすんで坂を下りるととたんに冷たい空気に包まれた。秋はこのように空気の密度が極端になって層となっているように感じる。

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家のヒガンバナが満開になっている。鮮明な赤だがどこか深みが感じられる赤に朝靄の残る日陰の沼の景色を思い出す。
エナガの鈴を振るような鳴き声に眼を上げる。


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写真展のお知らせ

写真展
写真展のお知らせ

日時 令和元年9月14日(土)~16日(月) 9:00~18:00
    最終日16日は17:00まで
場所 登米祝祭劇場小ホール


お出かけ下さい
全51点の力作が揃います。




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弔いの歌-たつの場合2-

夜の気仙沼線3-2gs
冬空を通過  気仙沼線 1/26

平次郎が幼いたつに初めて会ったのは羽黒山参りの寄り合いの時であった。
平次郎がいる村から峠一つ隔てた入り江の村から直接立ち上がった小高い山の上に勝源院という山伏の寺があった。山伏の勝源院は羽黒山で修行を重ねて村に戻ってきた寡黙な男だった。そのうだつの上がらぬ勝源院がふとしたことから「たつ」という幼子を引き受けて育てることになった。たつは霊感の効く巫女の子どもだという噂があった。
「むっつりの勝源院様が幼子を引き受け,育てているぞ」
村人は何かある度に顔を突き合わせてそう話した。結局,勝源院はこのことで喜ばしく村人にあっさりと迎えられることになった。勝源院の上がり框には毎日野菜や魚や食べ物が置かれていた。村人がこっそりと置いていったのである。
「勝源院様のためではねえ。たつに食べさせるためだ」と村人はにこにこして勝源院をからかった。
やがて村人は勝源院を頼りにするようになった。


-12℃の朝 074-2s
キツネの保線員さん

肝入の善左衛門の家は不幸続きだった。長引いた飢饉の時に善左衛門の父や母が疫病で亡くなった。それに加えて娘も亡くなったのだ。なかなか子宝に恵まれなかった善左衛門にとっては遅くに恵まれた愛おしい娘を失ったことはこの上ない痛手となった。娘の葬儀も一段落ついた頃,善左衛門から勝源院に祈祷の申し出があった。勝源院は山形に霞地をもらった仲間を呼んで周到な祈祷を行った。しかし,連れて行ったたつが大変なものを見付けた。たつが善左衛門の家の土間を非常に怖がった。そこで土間の奥の床下を調べてみると,埋められた茶碗の中から呪術に使われた紙の紙縒り(こより)が見つかったのだ。何者の仕業かと村は騒然となった。
たつはその時から村人に一目置かれる存在になったのであった。やはりたつは特別な才能を持っていたと言うことを証明してしまったのである。



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