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天の川をうまく撮りたい

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天の川田に映り込む

天の川を誇張なしにきれいに撮りたいと思う。
写真として,勝手な筋書きでレタッチするのではなく,箔をつけた写真にするためでもなく,夜空から浮かび上がってくる姿のシャイな性格の良さを表現できる。そんな天の川を撮りたい。大切なことははっきりと押し出されたものではなく,透かし上がってくる姿全体を認めてあげることから始まるのだ。つまり主張している面を取り上げるのではなく,押し黙っている相手の沈黙に寄り添うことなのだ。大体が何か答えてはくれない相手だから,一切の質問はしない。こちらがどれだけ深く考えてあげていられるかが問題になる。

あの夜の夜空はこの「青」でいいのだろうか。一体全体,夜の色とは何なのだろう。星の瞬きまたたきはどう表現できるのだろう。星の色は・・・。そんな一つ一つの条件を最初からよく考えてみたい。



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昇りゆく天の川

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昇りゆく天の川

五輪の聖火を乗せたSL銀河が咆哮にも似た汽笛を夕暮れに轟かせ,やがて消えていきました。
それから私は,雲間に消え入りそうなISS(国際宇宙ステーション)を見送りました。その頃にはとっぷりと日は暮れていました。
高く輝く金星を見ながら,3月という月は改めて何かを見送ることが多いことに気付かされます。自分の周りだけが活発に往き過ぎ,去っていくように感じます。それに比べて止まったままでいるのは自分だけかもという取り残され感にも浸ります。
人気の全くいない雲の多いイギリス海岸を一人歩き,晴れを待った。
しかし反対に新たな出会いを楽しみにしているのも3月です。

それは昇る天の川。


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惑星たちの春の共演

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3月19日朝 月齢24の月の出

只今は月の光が少ない新月期です。晴れればゆっくりと星を見上げることができます。
春先のいつもこの時期は特に昇ってくる天の川を撮りたいという気持ちになります。18日の夜中は期待して出掛けていきましたが次から次へと雲が流れてすっきりと晴れません。待っている間に月も昇り,朝4時を過ぎ薄明に入ってしまいました。で,撮ったのがこの写真です。月を見ると「あれっ」月の周りに明るい星たちが集まっています。

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月を中心に木星,火星,冥王星,土星と仲良く並んでいます。

今度は天の川かなと思いますが,明日の釜石線をSL銀河に乗って運ばれるオリンピック聖火も非常に気になります。
行けるといいけど・・・。


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カラマツ林の夜

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カラマツ林の夜 栗駒山

なんでかカラマツ林からを仰ぎたいと思い,とにかく出かけた。
林床は堅く締まった雪で歩きやすかった。月齢20の月は明るく雪は月光で白く輝いていた。

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いわかがみ平から見たISS

夜明けにちょっとばかりISSが見られるという。
いわかがみ平から眺めようとしたが強く冷たい風が吹き荒れていた。三脚のカメラが風で倒されそうだった。

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カラマツ林から見上げて

次から次へと栗駒山から雲が流れてくる。
それでもどこか春の兆しが感じられる夜だった。あさってはもう彼岸の入りだ。


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くねんめのつき

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3.11の冬の最後の満月

元気でいますか。
私は,祈る時にはいつも一人だけで祈ります。今日も一人です。一人で祈った方が心を込めて祈ることができるような気がしています。あなたと向かい合えて二人きりで話ができます。
あれから九年の歳月が流れました。
私は前よりも少しおいしいコーヒーが淹れられるようになりました。
水を大切にすることが出来るようになりました。自分でできることが多くなりました。前よりもみんなの幸せを願う気持ちが強くなりました。飼っている犬と一緒に幸せになりたいと思えるようになりました。自分がご飯を食べる前に鳥にもご飯をあげます。鳥たちが庭でご飯を食べるのを見ながら自分も箸を取ります。昨日は満月でしたがひどい降りの雨の一日でした。冬の最後の満月を今朝見ました。ワームムーンと言うのだそうです。久し振りに見た満月は大きく美しく見えました。背の高くすんなりと立ったようなたウメの花の香りがどこからか朝の層を伝って流れてきました。満月はやがて晴れて薄く青い空の中に白く滲んで見えなくなりました。すこしさみしく思いました。

建礼門院と言うと壇ノ浦で竜宮城に沈んだ幼子安徳天皇の母である。
その建礼門院にひたすら憧れて側に付いた建礼門院右京太夫の文章に出会った時にさぞ建礼門院という人は素晴らしい方であったろうとしみじみ感じ入ったことがあった。
十二月一日頃だったろうか、夜になって、雨とも雪ともなく、ぱらぱらと落ちて来て、叢雲があわただしく往き来し、すっかり雲に覆われはしないものの、ところどころ星が消えたり光ったりしている。私は衣(きぬ)を引き被って横になっていたが、夜が更けた時分、丑二つ(午前二時半)頃かと思った時、衣をどかして空を見上げると、みごとに晴れて、薄藍色の夜空に、異様なほどの光を放つ大きい星々が、いちめんに現れていた。非常に心惹かれるさまで、縹(はなだ)色の紙に、金などの箔を散らしたのによく似ている。今夜初めて見たような気がする。今までも、星月夜は見慣れてきたけれども、これは折も折とて、格別な気持がするにつけ、ただ物思いに耽るばかりである。
月をこそながめなれしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる(家集252)
このような文章が書ける右京太夫という女性も素晴らしいが,その右京太夫がひたすら憧れ続けた建礼門院という女性はいかばかりかと思った。壇ノ浦ではおばあさんの時子に抱かれて水の中の都(竜宮城)へ旅立った安徳天皇だが,徳子(建礼門院のこと)は我が子の安徳天皇と平家一門の菩提を弔うことを母の時子からきつく言われ,生き延び捕らえられて寂光院に入った。もう血のつながる者は全くいなくなったこの世で子を思い,父母一族を思う建礼門院は命果てるまで先に死んだ者達への祈りに一生を捧げ尽くした。

今ならこの建礼門院の悲哀もしみじみ感じられる。
お元気ですか。
あれから九年の月日が流れました。
この月を眺めながら今日も一人で祈っています。




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