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陽沈み月沈むまで その2

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陽沈み月沈むまで その2「陽沈む」

昨日の続き「陽沈み月沈む」の2回目 です。昨日は「月沈み」という月が沈む頃の星空の鉄道でした。今日は「陽沈む」方です。
このポイントは偶然見つけて夢中になって撮ったポイントです。難易度は高めです。何よりも天気,そして太陽の高度と位置,線路とそこにやってくる電車と,五つ程の条件をすべて一画面上で一致させなければいけません。一年のうちで今の時期,数日しか撮れない写真です。
写真の可能性を突き詰めていくとほんとに稀な写真は注意深い観察と計算によることを教えてくれます。ですから人がよく行くポイントというのはもう限界まで他人によって撮られていると考えて敢えて行かないのです。つまりいつも基本に立ち返り,自分だけのポイント探しから始めます。確かな観察力が養われます。遠くから来た方は「(撮影場所は)何処がいいですか」とよく聞かれます。そんなときには車でゆっくり周回して何処が気に入りましたかと私の方から逆に聞きます。するとその方は自分がどんな写真を撮りたいと思っているのかが段々と明らかになっていくのです。あくまで自分自身が作品として自分だけの写真を撮ることが大切です。
このような観察と計算は確実にあなた作品の完成度を上げていくと思います。ではそんな力はどうすれば身に付けることができますか,と問われるならば「夜の写真を撮ること」をお勧めしています。太陽が何時に沈み,いつ薄明が終わるか,月は月齢いくらか。金星はどこか,ISSは何時にどの方角をどれくらいの角度で通過するか。一つ一つの条件を確かめながら自分の頭の中で自分が撮りたい星空を想像してみましょう。これが自然を理解するという事に確実につながっていきます。ネイチャーフォトとはそんな自然の深奥を垣間見させる写真のことを言うのだと思います。日々精進です。みんなで頑張りましょう。



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陽沈み月沈むまで

ぐるぐる石巻線2完成tr-s
陽沈み月沈むまで

なんと久し振りに晴れた昨夜
鉄道の写真を撮りに行きました
以前に気仙沼線の写真をあまりに集中して撮りすぎて,ロングランの写真展で燃え切ったという気持ちもあったのでしょうか。
しかし田んぼに水が入ったこの時期にはあそこにだけは行きたいと思う場所があります
そのポイントの一つがここです

気仙沼線の写真展の応援に来た子ども達に「進級おめでとう。の記念に写真をプレゼントするよ。どれがいい」と言いました。
「これ」
次の子どもも「これ」と指差したのがこのシーンの写真でした
実は私もこの写真が気に入っていたので嬉しかったなあ。

そして昨夜
5.8の月が少し明るすぎましたが撮ってきました
この写真を「今年の分だよ」とまたあの子ども達に贈りたいと思っています
喜んでくれるといいなあ。


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本を読む人

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本を読む人

この写真がどうして「本を読む人」なのか。
電車の中の人影を見ると分かりますよ。

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ゆらぐ車体

久し振りの鉄道写真です。
この頃は思い出深い時期に年数回だけ撮るようになっています。5月は2シーンあります。その一つが次の写真です。田んぼに水が入り,夜汽車の映り込みも入ります。夜空は星グルにします。より深みのある夜の雰囲気が出れば最高なんですが・・・。

イシノマキセン-2gs
月が出るまでの間 昨年2019.5.22撮影


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夕暮れの咆哮

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夕暮れを照らす聖火 SL銀河聖火を運ぶ 昨日3/22

聖火を見ていると,心の中に燃え上がる何かを感じます。
希望なのか,明るさなのか,力強さなのか。
はっきりとは分かりませんが新しい世界に出会えるような期待が心をなごませます。やはり太陽の光でつくられた炎だからでしょうか。眼にしっくりと入ってきます。
その聖火を宮城ではブルーインパルスが,そして岩手では三陸鉄道やSL銀河が導き,運びます。
最高の演出だと思います。聖火を乗せたSL銀河が落日の鉄橋に入り,咆哮の汽笛を鳴らしました。その音は夕暮れの世界にしっかりしろよと激励しているように感じました。



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仙台市電保存館にて

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1号車(モハI型)
大正15年9月に川崎造船所で新造された木造四輪単車。大正15年11月25日の市電創業の時から約40年にわたり、仙台市民の足として大いに活躍しました。昭和51年の市電廃止時には創業当時の姿に修復されてお別れ運転を行いました。(仙台市電保存館HPより)

大正15(1926)年11月25日開業した仙台市電。昭和51(1976)年3月31日の廃業まで50年間。
チンチンチンという音。ゴォーッと加速していく音にわくわくした子ども時代。細い停車場で待つと曲がり角からゆっくりと電車は顔を出して近づいてきた。懐かしい。

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415号車(モハ400型)
昭和38年4月に日本車両製造所で製作された全鋼製二軸ボギー車。仙台市電最後の新造車で、市電廃止まで活躍しました。軽量化と自動車部品を取り入れて保守性の向上を図っていました。

・定員:84人(内座席28人)
・最大寸法:11,900mm(長)×2,200mm(幅)×3,725mm(高)
・自重:13.7t
・速度:23.8km(仙台市電保存館HPより)

さて,大正15(1926)年11月25日開業した仙台市電ですが,その前後に私鉄が次々と開業していきました。
大正10(1921)年10月5日仙北鉄道開業(瀬峰-佐沼)
大正10(1921)年12月17日栗原電鉄開業(石越-岩ヶ崎)
大正11(1922)年10月6日仙台鉄道開業(仙台-中新田)
大正11(1922)年2月4日松島電車(松島駅-五大堂)
大正11(1922)年11月2日松山人車軌道(松山町-千石)
そしてこの時期馬車鉄道として開業していた秋保電鉄や金華山鉄道は馬車を廃して電車やガソリン車になっていった。
ちなみにこの後大正12年関東大震災に見舞われました。
大正14(1925)年6月5日仙台電鉄(仙台-西塩釜)
そしてこの大正14(1925)年7月に大船渡線(一関-摺沢)となり
翌年仙台市電開業となります。仙台市内では既に円タクが走り回っていました。まさに鉄道開業ラッシュの時代でした。仙台市電の開業と歩調を合わせるように仙南の増田から閖上までの増東軌道も開業していました。

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懐かしい車内

仙台市電が開業した大正15年11月25日辺り,宮沢賢治は学校を辞めた。そして12月は殆ど東京で過ごしていた。大正天皇が崩御されたのはこの年の12月25日でした。

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