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新・遠野物語-村人の生活-

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沼のほとり

「新・遠野物語」は,写真と歴史から埋もれていく昔の良き風景を記録しておきたいとスタートしました。
今日は村人の一年の生活を追ってみたいと思います。この村人の一年の生活暦を知ることで当時の人々の生活や考え方,信仰を知ることができるからです。

1月16日  お墓参り
1月17日  お蒼前さま 馬頭観音に豆粉餅を上げて,馬にご馳走する。
1月23日  二十三夜さま
1月24日  愛宕さま お精進をして愛宕さまをまつる。
1月25日  のの岳さま祭
1月26日  月待ちの夜(二十六夜か)

一月は年の初めということもあり,自分たちの正月の後は御先祖のお正月,そして馬のお正月,お月さまのお正月,愛宕さま,のの岳さま(箟峯寺白山祭)と続きます。「お蒼前さま」は馬の神様,二十三夜,二十六夜は月待ちの習わしでしょう。そして愛宕さまは火伏せの神様です。

3月12日  山の神講 嫁達の講で,小牛田の山の神にお詣りして集まり,お精進をする。(正月,三月,九月)
3月19日  鱒淵観音の日お詣りの日。講中から二人ほど馬に立派な仕度をさせてお詣りする。
3月28日  古峯神社祭 火防の神様
5月     初田植え 田の神,お蒼前さまにお供え
6月16日  虫送り 津島神社祭 神社で祈祷してもらい,お札をいただく。
7月16日  お弥勒まいり
   24日  愛宕さまのお祭り
8月15日  八幡さまお祭り

そして女達によってつくられていた講,山の神。馬頭観音を祀っていた鱒淵観音の日お詣りの日。 古峯神社祭は火防の神様として知られています。田の神,津島神社のお祭り,お弥勒まいりは上沼の弥勒寺のことです。愛宕,八幡様参りと続きます。無事に田植えが終わり,稲が順調に育ってほしいことがいかに大切かがうかがい知ることができます。


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雪降った日

9月9,19,29日 みく(三つの九日)断ち 明神さまの屋根の葺替え
10月12日 山に入らない
    16日 虫供養
11月    軍馬購買 栗原,本吉,岩手方面から1800頭の馬が集まり,購買官がよい馬を買い上げていった。一市,横丁の両側にすべての馬が並んだ。
12月    出羽三山講最後の精進日
    12日 山の神の年取り
    16日 お蒼前さま馬の年取り 餅を搗いて馬にご馳走する

こうして一年の村人の生活を書き出していくと,信仰が生活を支えていると強く感じます。特に天候に左右されて三年に一度収穫できればよいという程厳しい自然にさらされていた昔の村の生活は,心の拠り所としての信仰を生活の支えとすることで成り立っていたのでしょう。

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差しかかる光

一つ一つが無事終わる毎に村人は「良かった。良かった」と喜び合っていたと思います。普通が一番。いくらかでも米ができれば収穫ゼロよりはましだ。「良かった。良かった」

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マガンの群れの中の石碑

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蕪栗沼の堤防に埋もれるように一基の石碑があった

朝の鳥の飛び立ちを見るために蕪栗沼に来ている。
草むらからのガンの飛びたちをねらうために草むらに入った。すると写真にあるような石碑を見つけた。とても石碑なんかあるような場所ではない。よくよく見てみると昭和十二年山形の酒田市に住んでいる人が蕪栗沼を開墾し,八幡神社の遙拝所のようなものを建てた記念碑のようだ。よく開墾や干拓で他の土地から入植して苦労して開墾してきた開拓者の人々だ。そんな先人の苦労を偲んでいるとむしろ動物や鳥の方が人間が拓いた土地を大切な恩恵として引き受けているように思えてきた。
石碑によってもう忘れられている過去の出来事が何万という鳥たちによって引き継がれていたことに気付いた時にこう思った。
「先人の築いてきたものを人間はちゃんと引き継いでいるのか」と。

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餌場へ飛ぶ

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キツネが見回りをしていた今朝。 

強拡大で画面が荒れていますがよく見ると眼がぱっちりとしたキツネでした。


24日のISS,26日の部分日食,夕方の金星とオリオン座の出,没・・・。楽しみはいろいろあります。

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新・遠野物語-ア・ビ・ラ・ウン・ケン-

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曼荼羅図 宝暦三年(1753)九月一日 願主 阿闍梨 明堂

8/27に「野ざらしの美」と題して新田石碑調査で見つけた美しい石碑を紹介した。碑文は「宝暦三年(1753)九月一日 願主 阿闍梨 明堂」と刻んである。
まず何よりもアップの写真をご覧いただきながら曼荼羅を読み解いていきたい。

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曼荼羅図 宝暦三年(1753)九月一日 願主 阿闍梨 明堂

円の真ん中に胎蔵界大日如来「ア」の種字が見える。そして上下左右に一文字ずつ真ん中の大日如来を囲むように四種字ある。これらは何を表しているのだろうか。下の写真をみると同じだと分かる。

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光明真言曼荼羅

つまり見つけた曼荼羅図の石碑は宝暦三年(1753)九月一日 願主 阿闍梨 明堂による「光明真言曼荼羅」だと分かります。本当に同じか写真と書かれた種字を比べてみましょう。

光明真言曼荼羅合わせ
比較図

やはり同じですね。この円の中の五仏は「ア・ビ・ラ・ウン・ケン」と読み真言そのものです。そしてそのまま「地水火風空」というこの世の五大元素を意味しているのです。そして方位を指し示し全てのものの根源であり,究極の表現となるのです。

アビラウンケン

私の住んでいる片田舎に,このようなありがたい曼荼羅の石碑が建つことになった縁や阿闍梨明堂という僧は村人のどんな願い成就をこの石碑に深く刻み込んだのか,266年も経った今では記録も何もありません。ただこの地区の星さんは疫病で沢山の人が死んだための供養塔だと昔の人から聞いていると言っていました。
いつも時代も様々な災苦に見舞われます。それでも願いや希望を捨てずに自分の生を全うした祖先の思いを忘れるわけにはいきません。またその願いに応えるために曼荼羅という究極の美で答えた阿闍梨明堂という僧についてももっと知りたいものだと思います。


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新・遠野物語シリーズについて

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新・遠野物語-龍神,蛇王とは立ち昇る雲か-

今日もいきなり「龍神,蛇王とは立ち昇る雲か」というサブタイトルを付けてしまいましたが,要するに昔の寺や神社の縁起や由来等に書かれている変わった現象を自然現象で読み解くことができるのではないだろうかというのが,このシリーズの発端でした。

一枚目の写真は日の出の写真を撮っているときでした。谷から立ち昇る雲が変幻自在に動いては消えていく様を見て,ふと龍神や蛇王と崇められる水の神がこのように姿を現わして天に昇っていったのではと気付いたのでした。もちろん頭の中に,龍神が金星の下,午前三時に聖なる水を吐くという伝説(山本ひろ子「変成譚」龍女成仏の話)があって,それと風景とがつながって気付いたというだけなのですが・・・。
以前に取り上げた羽黒山縁起の中に蜂子皇子が三本足の烏(ヤタガラス)に導かれて霧の中に仏様を見たという現象も自分も山に登ったときに見たブロッケン現象に似ている,いやブロッケン現象のことを言っていると確信した時には嬉しく思いました。
また,お彼岸の中日に沈む太陽が紫の雲に懸かる時,そこに阿弥陀如来が現われるという話も実際に撮ってみると光芒と山塊と雲が不思議な光景をつくることも分かりました。その素晴らしい光景を昔の人が阿弥陀如来が現われる姿と見たことが分かるような気がしました。

このように「新・遠野物語シリーズ」は歴史的な記述と自然現象とを関連づけて,古代中世の風景を今に再現できるのではないかという意図で撮影を続けています。

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新・遠野物語長沼に龍神立つ-

この写真も朝霧が切れる寸前ですが,まさに龍神が天に昇り始めた風景にも感じられます。

このように昔の寺や神社の縁起や由来等に書かれている変わった現象はある程度自然現象の中で謎解きができるのではないでしょうか。私がこのように思うようになったのは,昔の大きな家が残したノート(暦面裡書-れきめんうらがき-)に馬の毛が降ったとか白い白い毛が降ったという不思議な記述を見つけた時でした。よくよく調べたところ火山の噴火による噴出物だと分かりました。それからこうした昔の文書の不思議な記述と自然現象とを結びつけることにおもしろさを感じるようになったのです。

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紅葉近づく栗駒山



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