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映画「銀河鉄道の父」-トシが祖父喜助をビンタする場面-

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もうクジャクチョウが出るようになった 今朝6月13日撮影

今年のホタルはどうだろうと気にする時期になった

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映画「銀河鉄道の父」ポスター

映画「銀河鉄道の父」を観た。賢治の妹トシが祖父喜助の頬をビンタして,耳元で「きれいに死ね」と囁いて,抱きしめるシーンがある。
えっと驚いた。あのトシがお祖父さんの頬を叩いて,「きれいに死ね」という啖呵を切るのかと。いくら何でもこの演出は強すぎねーか,と感じた。このような演出をする背景があると思うが,私は,飛び抜けて,強い印象を受けた。そこでトシのビンタと「きれいに死ね」の背景を改めて考えてみたい。

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映画「銀河鉄道の父」から

1915年,大正四年,19歳の賢治は盛岡高等農林に入学し,妹のトシも東京の日本女子大に進学した。同じ四月の七日に喜助は隠居し,政次郎が家督を継いだ。隠居した喜助が亡くなるのは,その2年後,1917年大正六年の9月16日,喜助77歳だった。すると,このエピソードが繰り広げられたのは,トシが東京から里帰りした大正四年夏か冬,大正五年の夏は賢治の方が上京している。そして,大正六年の夏辺りと思われる。そしてすぐの九月に喜助逝去となる。このエピソードが実話に基づいたものならば,大正四年夏から大正六年夏までの2年間の中のこととなるだろう。それにしても,トシはそんな乱暴なことはしないだろうと私は思う。賢治もトシも夏休みに帰郷した家でトシから教えられた賛美歌をみんなで楽しく歌っていたそうである。
喜助という人は,三男で,天保十一年九月五日生まれ。石に金具を着せたような人だったそうで,少したしなむ酒のつまみに必ず魚を食べ,浄瑠璃などに親しむが,真面目一徹な堅物と言われたそうである。食事の時などに,皿数が足りないと文句を言って,イチを困らせたりしたようで,そんな姿を賢治やトシも少し苦々しく思っていたのかもしれない。それにどうも祖父の喜助は,信心が足りない面があると家族から思われていた節がある。花巻を離れたトシが家のことを心配して,喜助に信心深く生きることを伝える手紙を書いていたようである。それもかなり強い口調で・・・。堀尾青史氏が,喜助に宛てたトシのこの手紙について,

「常識的にいっても、孫が病人の祖父を説教するというのは珍しい」と驚いており、そのわけを「多分トシ自身の緊張した心の問題があったのだろう」と推測している。「宮沢賢治詩の世界」からの引用

多分トシも賢治もいなくなった花巻の様子を遠くで聞く度に祖父の病状のことが話題にのぼって,それを心配してのトシの喜助への手紙だったと思わせる。そんな手紙のことが,ビンタ事件を演出したのだろうか。しかしビンタして「きれいに死ね」はかなり烈しい。

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映画「銀河鉄道の父」から

喜助が死んでから一年が過ぎると,今度はトシが病気で倒れる。トシは,入学してから,かなり深刻に悩んでいたようである。それでもっても花巻の家族や兄のことを考え,我慢もして,勉学に励んでいたようだ。

最後にやっぱり映画の中の賢治は駄目息子的に映って仕様がない。当時の社会の中で,イエというものから自立してもがく駄目息子というか,放蕩息子の帰郷のように描かざるを得ないのだろう。それが悔しい。だから,この映画でも,家長たる政次郎が我が子を愛するが故に駄目息子の賢治に寄り添って行くように描かれるのは,親の愛ではそうだろうが,むしろ,イエ制度の中の近代の目覚めを体現していた賢治を描いてほしいと改めて思った。


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「ガーンジー島の読書会の秘密」メモ

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映画の中に出て来たチャールズ・ラムのエッセイ本

映画「ガーンジー島の読書会の秘密」は,2019年に封切られた映画で,暇なときに繰り返し観ている。なんか,「バベットの晩餐会」を思わせる田舎の景色と雰囲気が快く感じられて,私のブックマーク映画となった。映画の中に本が出て来ると何故か嬉しくなる。
この映画の中にも読書会が舞台というだけ,本が人と人とを繋ぐ流れになっている。
主人公の女流作家イジーこと,ジュリエット・アシュトンとガーンジー島の読書会を繋いだラムの「everybody's LAMB」という本
同じく,ラムの「シェイクスピア物語」
ジェーン・オースティンの「ノーサンガーアビー」
「トロロープは読んだか」とセリフに出てくるトロロープ
メアリー・シェリー
「イェイツの詩集,読む?」というセリフ
疎開していて島に戻ってきた子どもイーライが読むキップリング
いつか「嵐が丘」のヒースクリフが現れると信じているアメリア
ジュリエット・アシュトンが説くアン・ブロンテの魅力

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ラムの「シェイクスピア物語」

ドイツ軍の占領下という1941年当時のガーンジー島

「読書会はぼくらの避難所でした
 闇の世界で手に入れた精神の自由
 新しい世界を照らすキャンドル
 それが読書でした」

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ジェーン・オースティンの「ノーサンガーアビー」

私が,学生時代にシェークスピア全集という一冊のペーパーバックを買ったのは確かに20歳前だった。
丸善だったか,それとも紀伊國屋の洋書コーナーだったか。紙質はざらざらでよくなかったが,嬉しかった。当時は,図書館に飽きると,古本屋廻りをしてジャズ喫茶で読んだ。仕事に就いてからも,借金は本だけだった。本さえあれば幸せだったのだ。人生で置き去りにしてしまったものは,本の中にある,と信じていた。本があれば,人生をなんとか乗り切ることができると信じていた。年越しの晩だけは,一番の贅沢をしたいと,テレビの紅白歌合戦を遠く聞きながら,静かな部屋に籠って読書をしたのも懐かしい。子ども達を相手に百物語を企画して,進めていたら,苦情が出たこともあった。

そんな自分が小さいながら今,伊豆沼読書会という会を開けている。
映画「ガーンジー島の読書会」は,会員それぞれが自分の好きな本を持ち寄って朗読して,話し合うという進め方だが,伊豆沼読書会でもそうできたら,理想的だ。どの本の,どこを,みんなと共有できるかを考えることは,実に楽しい。

その伊豆沼読書会。
今月は,6月24日(土)13時30分~,登米市伊豆沼・内沼サンクチュアリーセンターで行ないます。
本が好きだという方,ぜひおいでください。

10日(土)明日は,13時30分から,迫公民館の郷土史研究会で「馬と新田村」と題して,お話をします。

ところで先日,はっとFMのラジオに出てきました。11日(日)に再放送があります。11時20分頃です。


アストリッドとラファエル 文書係の事件録-五線譜の暗号-

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伊豆沼-雨の夕暮れ-

昔,教室の子ども達にレコードを聴かせたことがある。
曲名はバッハの「フーガの技法」の最後14。バッハの遺作で未完成の終曲である。今調べ直したら,「3つの主題による4声のフーガ(コントラプンクトゥス XIV)」であった。突然に途切れる箇所を聴かせ,どんな感じがしたか,どんな景色が頭に浮かびそうか,曲はどうして途中で途切れたのか,どのように続くと思うかと,子ども達に問うた。
子どもというのは感じたままを言葉にするから,おもしろい意見もたくさん出た。突然途中で曲が終わる箇所も「死んだんじゃないの」と的確な予想をした。バッハの「バ」の字も言わず,もちろん遺作のために,途切れたままになったことも教えなくとも子どもは理解した。私はと言うと,この音楽が途切れた後の沈黙が妙に長く,深く感じられ,奈落の底に,海の澱のようにゆっくりと静かに落ちてゆく自分の姿が目に浮かんだ。

こんな記憶が甦ったのは,テレビドラマ「アストリッドとラファエル 文書係の事件録-五線譜の暗号-」を観たからである。このドラマは最近観たドラマの中では秀逸の出来と感じた。そして「五線譜の暗号」に,まさにこの「フーガの技法」の終曲が出て来た。但し,取り上げ方としてはこの曲の三つ目のテーマが「♭シ,ラ,ド,ナチュラルのシ」でこれをドイツ語音階にすると「B-A-C-H」(バッハ)になるという音楽の中に組み込んだ暗号として出てくる。
自閉症の天才アストリッドは,子どもの時から父親と一緒にこの「フーガの技法」をよく聴いていたという設定である。当然アストリッドはバッハが大好きである。私自身も「フーガの技法」は,好きで,よく聴いていた。ラストの沈黙に落ちる衝撃は忘れられず,その印象を子どもと共有したいと思って,子ども達に聴いてもらったのだろう。でもこんな瑣末なことを憶えている子どももいないだろうし,もう忘れ去られているだろう。もう誰も憶えてはいない。私だけが今思いだしている。人の記憶とは,このように曖昧で,自分勝手なものであり,なんでもないことなど,その場で捨てられていく。しかし,心の無意識の中にそれこそ大海の海底に澱の一つのように存在していると思う。確かにあった。そんな瑣末な記憶を呼び戻してくれる何かに出会うことも大切なのかもしれない。
アストリッドのいる警察の文書保管庫には,実に膨大な忘れ去られていく文書が眠っている。その膨大な文書データに事件に関する新しい発見をもたらすアストリッドの技術は,死んでいく私たちの脳のシナプス生成に実に示唆的に写る。

アストリッドとラファエル 文書係の事件録は,シーズン2に入った。


陽差しが強くなり始めた5月のさんぽ道-映画「ベイビーブローカー」-

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陽差しが強くなり始めた5月のさんぽ道

先日,是枝裕和監督の「ベイビーブローカー」を観た
この是枝監督の作品群は「誰も知らない(2004年)」「そして父になる(2013年)」「万引き家族(2018年)」と観てきて,「ベイビーブローカー(2022年)」が来るのは自然のように思われた。それも文学芸術が社会へのコミットとしての価値を持つ韓国という国で作られることも意味あることだろう。
人に「選択の自由」があるとしたら,自分が生まれ出づる事自体は,選択の自由に反することで,自分が生まれることを望んだのではないなどと言われたら返す言葉もない。しかし,よく考えると,生まれてくる者は皆,出自や境遇に関係なく生まれてくるので,そんな自由がないことは,皆同じなことなのである。生まれたことを呪うことはできない。しかし,そこに差別の理由を持って行こうとするのには,それ程に出自や境遇というものが現代では深刻な問題となっているからだ。残るのは,幸福の選択である。捨てられていたとしても,望まれていない出生だとしてもその子が幸福になる選択はある。この世に生まれることは,最高の祝福を受けていることに変わりはない。この映画「ベイビーブローカー」は,ベイビーボックスに置き去りにされた子の,幸福の権利を題材にしている。男の子は,1000万ウォン(約100万円)で売られ,女の子は800万ウォン(80万円)で売買されると映画の中で出てくる。当然,違法だが,社会には養子縁組の制度もあるのだからあり得ることであろう。

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林の小径

さて,出て来る登場人物達(ソン・ガンホ=ハ・サンヒョン役,カン・ドンウォン=ユン・ドンス役,イ・ジウン=ムン・ソヨン役,ぺ・ドゥナ=アン・スジン警察官役)は,全員が実に優しい。それは,彼等が過去に親の顔を見たことがない,棄てられた子どもとしての境遇を背負って生きてきたからだ。彼等は,孤独ではなく,同じ境遇同士で協力して生きている。後半,彼等が金のためではなく,イ・ジウン=ムン・ソヨン役が納得する方法で,赤ちゃんの引き取り手(買い手)を探そうとする。赤ちゃんを本当に愛してくれる親を求めることが,彼らの生きられなかった人生のやり直しとなっている。自分ができなかった「幸福の選択」を,隣人という他者のために素直に行なおうとする姿は美しい。
ムン・ソヨン役のイ・ジウンがホテルで消された照明の中で(明るい所では恥ずかしくて言えない),自分に関わってくれた一人一人に「生まれて来てくれて,ありがとう」と,言うシーンは,実に美しい。

「生まれて来てくれて,ありがとう」


すずめの戸締まりからのメッセージ

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後ろ手に扉は閉めること 「すずめの戸締まり」公式HPから

とうとう昨日で北へ帰るハクチョウや雁の姿が空から消えた
ただ開け放たれた春の霞がかかった空ばかりとなった
もういくら呼びかけても,手を振っても届かない
わたしの記憶に彼等は生き続けても,彼等の記憶にもうわたしはないのだと思う
そのように私たちはもう戻れない世界に生き続けている
しかし,答えは意外と簡単だ
彼等は秋にまた数千㎞を越えて命がけで戻って来る
考えてみれば,「すずめの戸締まり」という映画も,遠くに行ってしまった者と今いる私たちとの間に喪失と別離ばかりではない新しい関係は築けないかという自問に似た哀しさにもがいていた。

雨ニモマケズ
大川小学校で雨ニモマケズ 新北上大橋から満月が沈む図

扉がある。どこでもドアである。イザナギもこのドアを使った。愛する者に会うために。
しかし,このドアを開けたままにしておいてはいけない。常世の国の禍事(まがごと)がこの世に出てくることになる。トンネルでもいい,隧道でもいい,穴でもいい。そこここに異世界への入口があることはずっと昔から言われてきたことだ。そんな扉を後ろ手で閉じて,しっかり鍵を掛けることが大切なのだと新海誠監督は言っている。これは,もう表面的には,私たちの住んでいるこの世と,常世の国や黄泉の国との交流を一切閉ざすのだという設定に見えてしまう。しかし,そんな表面的なことだけではないということを新海映画を観てきた私たちは知っている。あくまで私たちは震災で失ったものの大きさに苦しんでいる今を辛うじて生きている。この世に投げ出されたままになっている自分のトリセツすら見いだせないでいる。よく口々に絆と言われたが,失われたものはその絆であったことを忘れてはいない。震災ですっかり壊れた関係性を一体どうしたらいいのか。もっと幸せにしてあげたかった家族に,後悔ばかりで置き去りにされた自分をどう許す術があるというのか。

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母の残した椅子 「すずめの戸締まり」公式HPから

「君の名は」を思い出す。
山深い田舎の町に住む女子高生,三葉(みつは)と東京の男子高生,瀧。二人は入れ替わる。ここに新海監督が見出そうとする世界があったことをもう一度思いだそう。全く見知らぬ同士が知り合うということ。そこには被災者と非被災者,不幸と幸せ,善と悪,他者と家族といった二分法ではない,むしろ他人同士が,等質で,隔てるものがない交通可能な世界を描こうとしていたのではなかったろうか。むしろ交信不能という環境で生きている者同士だからこそ,そこに交信を見出そうとする試み。
ひょっとしたら私も震災の起きたあの場所にいたかも知れないという思い。津波のあったあの場所の記憶を時間を措いて訪ねた自分が,震災の時の声に耳を傾けようとすること(実際に「すずめの戸締まり」の映画の中では,その時の現場にいた人々の声がポイントだった)が存在の同時性を可能にさせる。わたしは,あなたです。あなたは,わたしです。
この世の区別,差,時空の違い,環境の差,私たちを隔てて自由にさせてくれないものを一気に越えようともがく試みが,新海監督の目指すものだったと言える。

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夕暮れの光

烈しい吹雪の現実から,一転して静かな,風の音ばかりの小さい花が咲き乱れる星空へ。
そして未来の自分が過去の自分へ「大丈夫,生きて行ける」と椅子を差し出して励ます
映画のことを思い出そう。死んだ母親が夢でも,回想であっても今の生きているすずめの前には一切現れ出てこなかった事実を確かめよう。それが新海監督の厳しいこれからを生きようとする私たちへの決意のうながしだと思う。死者は簡単に扉を越えて私たちの眼前に現れ出たりはしない,私たちに道を指し示したりもしない。死者は,ただ私たちの記憶の中で「大丈夫だ」と言い続けるのみである。

今でも私たちはこの世界に正しい意味を見いだせないまま,放り出されたまま生きている。
すずめの戸締まり」という映画は,この世から逃げることなく今の震災を描くことで,現代社会にコミットし続けている。素晴らしいと思う。ただひとつだけ,おしい点があるとすれば,作品の中の「みみず」があまりにも強く覆ってしまったことで新海監督の得意とするかすかな声を聞こうとするナイーブさに欠けてしまったのではなかったかと心配している。あまり商業ベースのマーケティングに振り回されないように,自分の思う映画をつくっていってほしいと切に願っている。


追伸
伊豆沼読書会の皆様へ
21日は伊豆沼,内沼のクリーンキャンペーンに参加します。
21日8時30分登米市サンクチュアリーセンターでお待ちしています。長靴,軍手等の準備をお願いいたします。終了後,交流会を持ちます。お楽しみに。