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6月中旬さんぽ道の景色

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夕暮れの色

晴れが2週間以上も続き,ため池などはすっかり干上がってしまいました
晴れが続いた夕焼けは一段ときれいでした
そこにやっと昨夕からの雨降りにひとまず安心しました
昨晩は久し振りに雨の音を聞いて横になりました

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たんぽぽ輝く

コロナ関係が一段落し,総会や会議などが一斉に入ってきました。しかし,その場で体温を報告して開催しています。
その中でも6月13日に行われた佐沼郷土史研究会60周年を記念した太布磯雄氏の講演「郷土史研究のこころばえ」は,改めて昭和という時代を振り返る情熱に溢れたお話でした。「佐沼郷郷土史年表」等,様々な大事業を成し遂げた佐沼郷土史研究会の功績に敬意を表したいと思います。

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夕焼けの光差し込む

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苗育つ

羽黒山の山伏修行,秋の峰入りに申し込んでいましたが,今年のコロナ禍で中止になったようです。残念なことです。


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キツネとの付き合い方

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一番好奇心の高いキツネ

朝夕と犬の散歩をさせる私が夕方の散歩の最後に必ず立ち寄るポイントがある。
そこは南に長沼を見下ろす尾根から北向きの谷合いに坂を下りていく殆ど人も通らぬ砂利道である。谷あいになっているため降った雨は棚田状の地形を駆け下り,深い雑木林になっている湿地へと溜っていく。こんな地形の湿地をよくこちらでは谷地(やち)と呼んでいる。私たちが必ずここに立ち寄るにはわけがある。ここでキツネと話ができるからである。

先日の夕方だった。いつもキツネに会うポイントに差し掛かった時だった。遠くに雷鳴を聞いたと思ったら突然に黒い雲から激しいにわか雨が襲ってきた。もうキツネに会うことよりもずぶ濡れになっていた私たちは視界を遮るほどの強い雨の下り坂を急いだ。すると草の新しい匂いが立ちこめる刈り払いが終わったばかりの休耕田に6匹のキツネが円陣を組むように座っているのを確かめた。まず子ども3匹が私たちを確かめて,すかさず道路脇の藪に逃げ込んだ。親ともう一匹はじっと近づく私たちを強い雨越しに見つめていた。そのキツネたちの視線の奥には動じない,場合によっては戦闘もあり得るといった牽制する力があった。犬が雨を圧する程の吠え方をしたのでキツネ側もスタンバイ状態になっている雰囲気があった。

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私たちの日常の中でも偶然にキツネに出くわすことはある。
しかし大体はその一回きりの邂逅(かいごう)で終わってしまうものである。キツネも人間も忙しい現代である。
しかし出会いの回数を重ねるとキツネの示す態度や痕跡などからどんなことを考えているかが,少しずつ理解できるようになっていく。
今日はその話をしたい。
まずキツネは人間とはたりと出くわした時には大体にして軽やかに身を翻して藪に逃げ込んでいくものである。この後,人も大体は立ち去る。そこでじっと待っているといい。やつらは戻ってくるのである。または藪の中からじっとこちらの様子を伺っているのである。かれらは用心深い。用心深いからこそ出会った相手をよく観察しようとする。今までキツネとばったりと出くわした後のこと,一旦隠れて,その後また姿を現わしたことが2回ほどある。彼らは一気に遠くに逃げるのではないのである。むしろ姿を隠した後,じっと私たちを観察し,相手の出方を待っている様子がうかがえる。場合によっては遠ざかる相手を追いかけてくるものである。これは彼らの習性なのかもしれない。新美南吉の「ごんぎつね」で,兵十の後をこっそり追いかける場面があるが,あの通りである。
そして追跡中にはこちらが止まるとあちらも止まる,またこちらが動き出すとキツネも動き出す。こちらがうるさがるとキツネはその態度を読み切って追跡を止めて立ち去る。

高村光太郎が雪の上に残る足跡について書いている。
(前略)ヤマウサギの足あとで、これはだれにでもすぐわかる。いなかにすんでいた人は知っているだろうが、ウサギの足あとは、ほかのけもののとちがって、おもしろい形をしている。ちょうどローマ字のTのような形で、前の方によこに二つならんで大きな足あとがあり、そのうしろに、たてに二つの小さな足あとがある。うしろにあるたての小さい二つがウサギの前あしで、前の方にある大きいよこならびの二つがウサギの後あしである。ウサギの後あしは前あしよりも大きく、あるく時、前あしをついて、ぴょんととぶと大きな後あしが、前あしよりも前の方へ出るのである。このおもしろい足あとが雪の上に曲線をかいてどこまでもつづく。その線がいく本もあちらにもこちらにもある。小屋のそとの井戸のへんまできていることもある。井戸のあたりにおいた青ものや、くだものをたべにきたものと見える。
 そのウサギをとりにキツネがくる。キツネは小屋のうしろの山の中にすんでいて、夜になるとこのへんまで出てくる。キツネの足あとはイヌのとはちがう。イヌのは足あとが二列にならんでつづいているが、キツネのは一列につづいている。そしてうしろの方へ雪がけってある。つまり女の人がハイヒールのくつでうまくあるくように、一直線上をあるく。四本のあしだから、なかなかむずかしいだろうとおもうが、うまい。キツネはおしゃれだなあとおもう。(中略)キツネがあるくと、カラスがいればさわいで鳴くからじきわかる。
 ウサギや、キツネのほかに、イタチの足あと、ネズミの足あと、ネコの足あと、みんなちがう。ネズミの足あとなどは、まるでゆうびん切手のミシンの線のようにきれいにこまかく、てんてんてんてんとつづいて、さいごに小屋のえんの下のところへきている。これは二列になっていて、雪がうしろへけってない。イタチのも二列。
 おもしろいのは人間の足あとで、ゴム靴でも、地下足袋じかたびでも、わらぐつでも、あるき方がひとりひとりちがうので、足あとをみると誰があるいたかたいていわかる。大またの人、小またの人、よたよたとあるく人、しゃんしゃんとあるく人、前のめりの人、そっている人、みなわかる。わたしの靴は十二文という大きさなので、これは村でもほかにないからすぐわかる。ゴム靴のうらのもようでもわかる。あるき方のうまい人や、まずい人があるが、雪の中では小またにこまかくあるく方がくたびれないといわれている。両足をよこにひらいてあるくのがいちばんくたびれるようだ。靴のかかとをまげる人のもくたびれそうだ。これはからだのまがっている人、内ぞうのどこかわるい人のだ。
足跡だけで内蔵が悪いことまで分かる。たかが足跡だが,されど足跡である。さて,キツネはウサギのTの足跡を追いかけるのだが,足跡は平均台の上を歩くように一直線になるという。しかしどうやらキツネは狩りをするためだけではなく,相手のことをよく知りたいという興味関心の高さから追跡もしていると思われる。

キツネだったのか
2009.9.7

また写真のように民家近くに現われ,外灯に集まってきた虫なども食べるようだ。民家近くに出てきたキツネは各家庭の吠え方で今どこを移動しているのかが大体予想できます。
またキツネの残す痕跡にも気を付けると彼らの習性が分かってきます。糞もどこにするかで彼らのルートを予想できます。以前には豚の頭蓋骨を運んでいたのか,草むらに豚の頭蓋骨が落ちていてびっくりしました。彼らのルート上でしたからキツネが運んでいたと思われます。近くに養豚場の堆肥置き場がありました。

キツネです
2011.1.6 何かをねらっています

沼や川が結氷した時にもキツネが鳥などを狙って歩きまわることもあります。

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歩くコースは決まっている。

ここからは以前に載せたものですが再掲します。

出会ってから二日目には,少し早い時刻に行った。
起きて来るなり伸びをして,日が出て少し暖まった土手に残る雪の上で寝そべったり,ごろごろしたりしている。かゆくなった所を雪にこすりつけたりしている。

おもむろに立ち上がるとキツネは沼の氷の上を歩いて獲物を探る。
しかし,あまり捕る気はなさそうだ。一通り歩いた後,土手沿いの道に戻った。

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大体回るコースは同じである。立ち寄る所もほぼ同じ。立ち寄る場所ではゆっくりと匂いをかいだりする。たまに魚か何かがいるのか,そろえた前両足で地面をたたく動作をする。ネコがよく同じしぐさをすることを思い出した。双眼鏡で見ると優しい顔をしている。メスだろうか。車の音に立ち止まり,様子を伺っている。多分150m程離れている私にも気づいていると思う。しかし,無視している。

天気の良い今日は遠出をしたようだ。小一時間ほど待っても戻ってはこなかった。
                                                          以上 再掲終わり

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キツネの保線員さん


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時間は残酷なもの

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散歩にて

私が彼女と知り合ったのは冬にしては雪も降らない暖かな一月のある朝であった。
山深い一軒家は鬱蒼とした木々に囲まれていて,門口から数百メートルも入った所に母屋があった。
やがて春が来て,私は雪割草やシラネアオイが咲く屋敷の広い庭で花の話を彼女と交わすようになった。屋敷の広さから見ても,昔から代々続く豪農の家であるらしくミツバチも飼っており,ひとしおミツバチに興味があった私は彼女のミツバチの飼育の話を驚きの連続で目を見張るように聞いた。そして飼育箱の中に新しく女王バチが生まれると前にいた女王バチはある朝,何千という働きバチや雄バチを従えて大空に飛び立つことを知った。飛び立った女王バチはその日に生まれて初めて青空を見て,生まれて初めて太陽を仰ぐという。その後に何千という働きバチが雲のようになって女王バチを追いかけ,女王バチが留まった木にひとかたまりとなって女王バチを守る。このことを分封と言うのだという。
そんなミツバチの話をする彼女の顔は静かさを保ってはいるが瞳の底は輝いていた。
「私は女王バチのようにはなれない」とある日,言ったが,それはどんな意味で言ったのかいつか聞こうと思いながらも結局私は彼女に聞けなかった。いつもそうだ。その人の大切にしている気持ちに触れると私はおどおどとしてしまう。相手からの奥ゆかしいレトリックなのに隠されて表われてくるものを私はいざとなるとそっとそのままにしておいてしまう。相手の気持ちを確かめること位は何でもないはずなのに割り込んでいって答えを強要しているみたいで罪悪感を感じてしまう。自分ながら情けない性格だと思う。大人になれば何でも言える性格になると思っていた。しかし性格は変わらなかった。臆病な性格という面に触れにないように生きる術(すべ)を布いてしまったのだ。いつの間にか,自分自身を主張することが自分勝手と思われはしないかと恐れるようになった。

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最終電車で雨ニモマケズ

だから知り合ってからしばらく経ったというのに彼女の名前すら知らなかった。彼女の名前を知ったのは家の中から彼女を呼ぶ家の人の声によってだった。彼女の好きな物が何か,何の花が好きなのかさえ聞けなかった。ただ,咲いている花や木やミツバチやチョウや夜に鳴くフクロウ話を聞くだけで天国にいるような気持ちになった。私は彼女に惹かれていった。そして彼女も今まで見せなかった表情を時折見せるようになったことで打ち解けてきたのだと,私を嫌いではないのだと薄々感じるようになった。それだけで幸せな気持ちになった。

もう知り合ってから二年が過ぎて屋敷のシャクナゲが見事に咲きそろった頃だった。
「今年の分封は遅れているわ」と彼女は私の顔を覗き込むようにして言った。私はその所作にどんな意味があるのか分からず,でもやはり真意を聞き返すこともできないでいた。

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丘の向こうの空

暫く長期の出張で家を留守にして,秋も終わろうとする頃だった。
落ち葉を踏みしめて彼女の屋敷に久し振りに足を踏み入れた。リンドウの咲き残りが明るく見通しの良くなった雑木林の道に沿って並んでいた。
その時,婚礼の家具を積んで紅白の幕をまとったトラックが屋敷の母屋の方から出てきた。
私は思わず近くの柏の大木の陰に身を隠した。
(彼女はお嫁に行くのだ)
そう直感した。
私は走って彼女の家から離れた。
そして今までの彼女の言葉や覗き込む目の奥の光の意味が一瞬にして遅すぎる今になって理解できた。
(時間(とき)は残酷なものだ)
自分の臆病さも顧みず,勝手な自分はそう思った。



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今朝のさんぽ道

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今朝の長沼

日の出も早くなった。八十八夜を境に一段と春はスピードアップするようようだ。今日の太陽は日の出は4:36, 南中11:33,日の入り18:31である。日の出は一日毎に1分ずつ早くなっていく。そして景色も一日毎に緑がはっきりとしてくる。


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今朝のさんぽ道

田んぼに水が入って,地面に明るさが戻ってきた。
これから田に写る空が楽しめる。
さんぽ道にはチョウが飛び交っていた。


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今朝の八重桜

八重桜も満開に近くなった。
晴れた夜が楽しみだ。


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春迎える伊豆沼

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北帰行

先週3月6日だったと思うが,強い風が吹き荒れた。
その次の日の夕方には賑やかなマガンの塒入りが戻ってきました。どうやら強い風に乗ってガンハクチョウが戻ってきたようです。マガンハクチョウ達の鳴き声で満ちていた空間ががらんとしてさみしさを感じていましたから,飛ぶ姿や鳴き声が戻ってきたことが嬉しいです。現在でも数は少ないですが朝夕に呼び交わすマガンハクチョウの声がしています。若柳にある県のサンクチュアリーセンターの鳥情報では3月6日現在でマガンは36羽となっていましたがどうでしょう。サンクチュアリーセンター新田館は残念ながらコロナウィルスの感染拡大予防のため24日まで閉館しているようです。また早春恒例の野焼きも中止。お彼岸に合わせて行われているクリーンキャンペーンも中止になってしまいました。鳥がいなくなり最近は人すらいなくなっている伊豆沼です。
シジュウカラ,エナガ,カシラダカ,ツグミ,カワラヒワ,ヒヨドリ・・・。
前沼にはハクチョウが1羽。よく見れば死んだハクちゃんに寄り添っていたあの若いハクチョウだった。
夕暮れが濃くなってきた頃。2年前のあの頃,毎日通って呼びかけてきた声を掛けてみた。

「来たよーーー」

暗がりの中の声の主を探すようにハクチョウはこちらをじっと見ていた。

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霧の林

2月中旬辺りから林は一年の中で一番見通しがよくなります。雑木林の向こうがこんなに明るいものだと改めて感じる頃です。この時期の林は歩いても気持ちよく,獣道を辿ればキツネやリスと出会うこともあります。落ち葉でやわらかくなったふかふかした林床をしばし歩きます。國木田独歩の書いた林にいるようです。
楢(の木)はあまり風流な木でない。その枝は粗、その葉は大、秋が来てもほんのりとは染まらないで、青い葉は青、枯れ葉は枯れ葉と、乱雑に枝にしがみ着いて、風吹くとも霜降るとも、容易には落ちない。冬の夜嵐吹きすさぶころとなっても、がさがさと騒々しい音で幽遠の趣をかき擾みだしている。
 しかし自分はこの音が嗜(す)きなので、林の奥に座して、ちょこなんとしていると、この音がここでもかしこでもする、ちょうど何かがささやくようである、そして自然の幽寂がひとしお心にしみわたる!
 自分はいつしか小山(近くで絵を描いている友人)を忘れ、読む書(ワーズワース)にもあまり身が入らず、ただ林の静けさに身をまかしていると、何だか三、四年前まで、自分の胸に響いたわが心の調べに再び触れたような心持ちがする。「小春」明治33年11月


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さんぽ道

久し振りにあのさんぽ道に行ってみた。
林の奥が透き通っている。木々の向こうの空はこんな明るさだったのかと初めて知った。


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