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内田百閒「長春香」

3月晦日-7s
春霞の夕暮れ

内田百閒「長春香」古本屋で100円
するすると読める
この文章のうまさ
しあわせだ

おれいという内気な性格の女の子
なんだか
幼い頃にこんな女の子に出会ったことがある


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詩集 いのちの芽7-川端康成と北條民雄②-

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2024年元日の朝 伊豆沼 かつてないほどの人数が押し寄せていた伊豆沼でした。車だけで100台近くが止まっていました。

新年おめでとうございます
今年も当ブログをどうぞよろしくお願いいたします。今年はより文学系の記事を充実させようと思っています。

さて昨日の続きです。「『寒風』成立の経緯 l川端康成と日戸修一の関係を軸にして」西村峰龍の論文から引用していきます。
多摩全生園にいたハンセン病患者の北條民雄の作品を拾い上げ,著作集「いのちの初夜」や「北條民雄全集」を編纂してこの世に残した川端康成の存在は大きいものがあります。しかし,療養所側は北條が書く文章を,読んだ者が今の療養所の現実と取り違えられて受け取っては困るという内部事情もあったようです。しかし,川端はあくまで作家の表現は,自由な意志で書かれるべきと考え,検閲制度などによって縛られていることに対して異を唱えたのでした。ここに川端に宛てた療養所の検閲の様子が分かる書簡がある。

全生園検閲係から川端に宛てた書簡昭和十三年一月四日
先日来故北條民雄の遺稿に関して之れが検閲方を光岡良二より申出有之候依て慎重なる検閲の結果只今御手許へ御送付申上候二編は本院の統制上之が発表せられるは甚だ面白からざる事と存じられ候 実は故北條民雄の旧友よりの懇望も有之一応右の二編の遺稿を御送付申上候候何卒御高覧の上はご迷惑ながら御返却被下度伏御依頼申上候
敬具
昭和十二年十二月舟一日 全生病院 検閲係

文中「二編は本院の統制上之が発表せられるは甚だ面白からざる事と存じられ候」とあるように出してもらっては困るという旨が伝えられている。
川端はこのことを「北條民雄全集上巻編纂の辞」で

ただ全生病院の検閲を通らなかった。二三十枚の未完の小説「青春の天形病者」と「痢を病む青年達」とは、その検閲に従がって省いた。(中略)しかし、北條君の後から文学の道を歩む痢院の人達のためにも、検閲者の意を重んじておくべきだと思った

と,川端は,療養所の検閲係の意を重んじて二編を全集に掲載しなかったことを述べたが,それは後から続く未来の病院出身の作家達のために,不要な対立を避けるためだという配慮があったからだろう。

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雪降る日

ところが当時全生病院にいた医師日戸修一は「人間北條民雄」では「文学なんか、らいの撲滅事業のためにはおよそ屁の役にも立たない。まして、北條のやうな変な反抗ばかりしてゐるものには検閲制度は当然必要なんだと思ふ」と昭和14年(1939)3月『医事公論 第1390号』で述べている。これは北條が亡くなって3回忌に当たる年である。更に日戸は吠え続ける。

その後、批判の矛先は全集を編纂した川端にも及び「北條は検閲があるからいいものが書けないとよくいっている。もし検閲がなかったら、どんなにいい思い切ったものが書けるだろうと世間は思う。現に川端康成なども北條にころりとだまされて、愚痴めいて検閲制度 を語り北條に同情してゐる。今度の全集だって随分ひどいところが見える。療養所は文化機関ではない。ああいふ全集を余り 思慮なしにだした川端氏等の軽卒の罪はとにかく非難していい。」


川端だってもう黙ってはいられない。医師が亡くなった北條民雄を悼むどころか非難し,更に川端自身にまで「思慮なし」と攻撃の矛先を向けてきたのである。

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お,おまえは・・・

ここで川端康成が北條民雄の没後3年を過ぎたにもかかわらず,昭和16年に「寒風」「冬の事」を書き,更に一年以上も経た昭和17年4月に「赤い足」の三作を発表した訳が分かったと思います。亡くなった北條を擁護するためです。北條の名誉を回復させるためです。「冬の事」で川端は日戸に対して「若いらい作家を買ひかぶった世間への抗議らしい。」と述べている。これに対してすぐ日戸は「北條民雄と私」を書き,反撃している。

私は川端康成氏の近作「冬の事」を改造二月号で読んだ。これは一読すればわかるやうに、死んだ作家北峰民雄を中心にした全生病院のことどもである。この小説ならざる随筆の別な主要の一人物である「若いらい医」は私のことを書いている。

川端は「若い死骸(死んだ北條)を鞭打ち人格の真相を発かねばならぬ程、故人は大人物でも大作家でもなかったのだ」とあくまで冷静に反撃している。

「若いらい医によると、故人は甚だしい自己主義の卑俗な小人で、傲慢で、猪疑心が深く、嫉妬心が強かったといふのである。私から見れば当然さうあるべきだった。怪しむにも、咎めるにも足りなかった。若い芸術家に通有の病弊に過ぎなかった。騒慢に自己を守らなければ所詮作家の成長など覚束ない。」

と,北條を弁護して,川端は日戸の一連の批判に対して昭和17年4月に「赤い足」を発表したのである。
ここに筆で勝負する川端の冷静な,皮肉を込めた日戸への答えが出された。

しかし,このような検閲制度がもたらす権力者の息猛々しい口吻は治安維持法という名で統制を図ろうとする最たる害毒である。この昭和17年という年,川端は43歳であった。

詩集 いのちの芽5-遠藤周作「わたしが・棄てた・女」-

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今シーズンはハクチョウの勢いがいい

詩集「いのちの芽」を取り上げ,私の住む登米市迫町新田にある東北新生園というハンセン病療養所を取り上げたりして,今回が5回目となった。
詩集「いのちの芽」も,東北新生園の同人誌「新生」などの詩歌作品の,自然に対する素直で純粋な描写にいたく感動したことがハンセン病患者の作品をもっと読みたいと思わせるきっかけとなった。彼等の自然を謳う眼や言葉の純粋性は自分にとってとても大切な視点だと知らされた。患者の皆さんの言葉の透明性や自然への同一感はどこから来ているのか。すべての人生や人間に対して諦めなければいけなかった,極限に立たされた人間の0(ゼロ)からの出発が彼等に透明で純粋な眼をもたらしたのか。遠藤周作は汎神主義(パンティスム)という日本人の特性を信仰と関連づけて,堀辰雄を引き合いにして次のように言います。
1954 「カトリック作家の問題」 「人間は自然や宇宙といったものにそのまま還ることが出来る。受け身そのままそれら大いなるもの、永遠なるものにとけこめるわけです」(堀辰夫の文学解釈) 「此の一切の価値基準の放棄と、就中(なかんずく)此の受身の姿勢こそ、まさしく汎神主義が発生する絶好の温床でありましょう。何故なら、汎神主義こそ存在感のあらゆる相互の限界と秩序 と価値を捨て去ったところに始まるのですから。例えば、人間が自然に本質的に同一であるのが汎神主義の一特性であります。尚それは、人間が自然に対し、個が全に対し、受身であるところから始まりますから。」
一切の価値を放棄し,全くの受け身となり人間が自然と本質的に同一である次元にまで下りていかざるを得ない状態が,ハンセン病を宣告された患者の皆さんにもたらされてしまったのでしょうか。私たちはそんな患者さんの心情を北條民雄の「いのちの初夜」に見ることができます。絶望の果てに縊死しようと失敗した主人公尾田に佐柄木という患者が言います。

蓄えているものに邪魔されて死にきれないらしいのですね。僕思うんですが、意志の大いさは絶望の大いさに正比する、とね。意志のないものに絶望などあろうはずがないじゃありませんか。生きる意志こそ絶望の源泉だと常に思っているのです。


絶望が深ければ深いほど,生きる意志もそれに伴っていく。

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ハクチョウ飛ぶ

このところハンセン病の人権回復運動が多くの場で見られるようになった。令和6年度小学校の道徳の読本でも取り上げられていたし,NHKラジオでは「いのちの音楽-あるハンセン病の音楽家を追って-」という番組もあった。隔離政策とすっかり故郷から見捨てられ,戸籍そのものも剥奪されて療養所に送られた。入所の際には,自分の名前も変えることとなり,死んでも骨すら帰郷することは許されなかった。患者は様々な偏見に晒され,天涯孤独の身で不治の病と戦い亡くなった人も多い。
令和元年(2019年)11月15日に、議員立法により「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律(令和元年法律第55号。以下「法」という。)」が成立し、同年11月22日に公布・施行され、現在までで約8000件の認定がされている。

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遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」に森田ミツという看護婦がハンセン病と診断され,後日誤診だという設定が出てくる。
私は遠藤周作のキリシタンの「転び」や「わたしが・棄てた・女」や「女の一生 キクの場合」などを読むと,とてもやるせない気持ちになる。男が持つ,プライドやエゴがこれ程に他人を押しのけ,他を犠牲にして成り立つことをいやと言うほど突きつけるからだ。そしてそれらは個人が生きる権利と称されて踏み台にされていく。主人公の吉岡努は,看護婦の森田ミツよりも社長の姪である三浦マリ子を選ぶ。森田ミツはハンセン病と診断され,勤めていた病院へ今度は患者として戻っていく。しかし,ミツがハンセン病ではなかったたと判明する。ミツは今度はハンセン病患者に寄り添い,看護を続ける。そんな時ミツは交通事故で死んでしまうのだった。「さいなら,吉岡さん」という言葉を残して・・・。吉岡はその事実をスール・山形というらい病院の修道女の手紙で知ることになる。

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吉岡努にとって,森田ミツはみすぼらしい田舎者で,美貌もマリ子の方が優れていた。しかし吉岡が銭やオナゴという表面的な幸福を求めている間にひたすら苦難の人に寄り添っていたミツが「聖女」に成長していることも確かだった。吉岡は欲望のままミツを抱き,そしてミツを犬ころのように「棄てた。」吉岡は,他人を利用し,そして陵辱し,自分の目的のために棄てた。それも自分の幸せを求めるために棄てた。
遠藤周作の小説の読んでやるせない気持ちは,欲望にかられた人間の飽くこともない権力行使や粗暴な感情の吐露が咲き誇っているこの世の「システム」から来る。
遠藤周作は「人を愛するとは(2)」で次のように語ったと言います。

愛とは……いろいろな説明や解釈があるでしょうが、私は愛とは「棄てな いこと」だと思っています。愛する対象が人間であれ、ものであれ,どんなにみにくく、気にいらなくなっても、これを棄てないこと、それが愛のはじまりなのです。 逆に言えば、美しく、魅力的なものに心ひかれるのを普通、われわれは愛 とは誰でもができる、やさしい行為ではありません。 愛 とよんでいますが、そんなものは愛ではない。なぜなら美しく魅力的なもの 恋愛の場合だって同じことです。あなたが若く、あなたの恋人が若くて魅 もつことのできる感情で、愛ではないのです。 「情熱」とよぶべきなのです。情熱は年ごろの男性と女性とが容易に な青年に心ひかれるのはどんな女性だってできる行為です。(中略)愛は,二人の心の火を忍耐と努力によって一生、消さない時に生れます。二人が けん 怠期にはいっても情熱のかわりに生の連帯という感情が育 はぐく ま れる時、生まれるのが「愛」なのです。

これによって遠藤周作の描く人間という者が「無力で」「弱い」点でそのままイエスなのです。そんな無力な人間がやがて愛に目覚め,人を「棄てず」寄り添い,苦難を抱える者と共に歩くことで森田ミツのように成長していくことができるということかもしれません。そう考えると,「沈黙」にも,「深い河」にも諸作品に出てくる「小心者」で,自分を守るために権力を行使し「嘘をつき」,卑怯者と呼ばれる登場人物たちは,実はイエスそのものだと私たちに教えているのだと思われます。


詩集 いのちの芽3-東北新生園葉ノ木沢分校-

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東北新生園 見晴らしの丘への道

毎日「詩集 いのちの芽」を少しずつ読んでいますが,心がしんとする詩の自然描写に,自分の幼い頃の思い出が重なって,二重写しになっていきます。そのことに不思議なデジャヴを感じます。深い癒しという心情に自分が沈んで透明になっていくような放心状態に陥るのです。文字言語でこのような心情が引き起こされるとは,書かれた文字が全く透明な鏡となって自分を反射しているからだとも思えます。言葉を使って何かをまさぐるように創り出していくような感情の方向性もなく,ただ波紋や風や光がゆっくりと拡散していくようなものです。葉が落ちるとか,そのような物理的な運動の場が一瞬この世に現われ,一刻のうちに消えていく,それでいてその一瞬のこの世への現れを自分自身が見届ける事実が奇蹟になるのです。
あなたと歩いた径(こみち)のそばの
梨の花はもう散ってしまった
夏のはじめのいさぎよい雨にいくども打たれ
それはもう土になってしまったのだろうか
「風によせるソネット」厚木叡


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冬桜咲く葉ノ木沢分校

これも詩を読んでいて,はっと思い出したことだが,中学校の図書室にこもっていた時のことだ
午後のほの明るい陽差しが差す書棚の隅の古ぼけた本の一冊を引き出してめくったとき
「葉ノ木沢分校」という押印を見つけた
新生園の葉ノ木沢分校が閉校した後に,中学校の図書室の蔵書になったのだろう。
その本の荒い紙質の指触りを思い出した
あの時は私もたった一人の苦しみを抱えたまま林を彷徨っていた
拠り所なくただ打ち捨てられていた自分がはっきりと息が止まるように思い出された

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懐かしい校舎のドアノブ

教員だった母親が若い頃,週に何回か,この東北新生園の葉ノ木沢分校に行っていたという。
以前,葉ノ木沢分校に遊びに行ったことがある。かわいらしい教室に木製の机と椅子が並んでいた。もう70年も前の子ども達はどんなことを学んでいたのだろうか。そうした感慨に満ちて帰り道についた。

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掲示板

新生園の至る所に看板がある。
園に来ると名前はどうするかと聞かれました。
それは出身地等も分からないようにするために名前を変えるかということでした。
そして「どこの教会に入るか」と聞かれました。これは死んだときに葬儀をあげてもらう教会を決めなさいということで,「数ヶ月で治って帰ってこられる」と言われていた人は,大きな絶望感を味わいました。
改名して,たったひとりになり,父や母からも,この世からも隠された存在となりきるしかなかったことはどんな思いだったか。また死んでも自分の戸籍上の本名に戻ることはなかったとも言われます。また父や母も家族も,本名に戻す必要はないと打診された際に答える血縁者も多かったと言います。
彼等は全く打ち捨てられ,天涯孤独で死んでいったのでしょう。

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新生園に続く道

彼等の存在や書かれた詩や文芸をもう一度見直す価値があります。

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教会のサザンカ

こんな隔離政策があったのかと,驚く方もいるかもしれませんが,コロナで患者が隔離されたのはつい最近のことですよ。


本棚のオーナーになりませんか

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本棚のオーナーになりませんか

先日こんなちらしを手に入れた
「本棚のオーナーになりませんか」
ぜひ応募したら,と言われ,選ぶんだったらすぐ読める短編小説がいいなと思った。

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寒い朝の三兄弟

とりあえずで選んだ本で本棚のタイトルは
「たった1時間で人生が変わる短編小説ベスト」
で,選んだ本は
「続いている公園」フリオ・コルサ-タル 岩波文庫所収
「うぐいす館の謎」アガサ・クリスティー
「催眠術の啓示」エドガー・アラン・ポー 創元推理文庫
「剃刀」志賀直哉 旺文社文庫
「山に埋もれたる人生あること」柳田国男 岩波文庫「山の人生」所収

選んだ本の解説も付けた方がいいなと思って,解説も入れてみた

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野焼き跡で「雨ニモマケズ」

本棚の解説
本当にすぐ読み終える短編から選んでみました。
ですから「たった1時間で人生が変わる短編小説ベスト」というタイトルです。
「続いている公園」は昔ラテン文学が流行った時代にボルヘスなどと一緒に巡り会った作家で,フリオ・コルサ-タルです。彼の「石蹴り遊び」という作品も各章を自由にスキップさせ,好きな順で各章を読んでいっても一編の小説になるという全く自由な知的発想の達人の一編です。その中でも「続いている公園」はあっと言わせる文句なしの超短編です。お勧めの作家です。
「うぐいす館の謎」アガサ・クリスティー著は,本格ミステリーが流行った頃に読んだ雰囲気たっぷりの一編です。数々の作品の中で私がクルーゾーの「悪魔のような女」を彷彿とさせるはらはらどきどき感は堪りません。
「催眠術の啓示」エドガー・アラン・ポー著は,言わずと知れたポーの作品の中でも一オシです。死後の人間と通信できるかという実験。さてどうなるか。
「剃刀」志賀直哉著は,最もアバンギャルドな不条理を描いて一瞬にして背筋の凍る作品です。この作品を読んだ後,私は理容店に行けなくなりました。
「山に埋もれたる人生あること」柳田国男 岩波文庫「山の人生」所収は,硬派柳田の中にある谷崎潤一郎のような嗜好性を示す作品です。ちなみに柳田に興味ある方は,「浜の月夜」とその続き,「清光館哀史」をお勧めします。

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大川小学校で「雨ニモマケズ」かなり前の撮影です