FC2ブログ

マイ アンソロジー「桜褒め」

桜星 009-2tri-s
桜褒め

時行神社の例大祭が終わり,午後は230年記念イベントだった。
私の講演が終わり,次にコカリナのコンサートを聴いた。桜の木でつくったコカリナの演奏は桜の写真を撮る私にとって新鮮な驚きがあった。桜の声を聴いたからだ。とてもよく伸びる音だった。桜の花を咲かせている時には幾分小ぶりの色合いの濃い美しい花を咲かせていただろうとその音から想像できた。すると次の瞬間には桜が最も花実(はなみ)を多くつけた堂々とした桜の木が思い出された。散り際もまた一斉に,見事なまでに夜の中に散っていくのだった。星の瞬きが降りてきたのかと思えるほど月の光に冴え冴えとしたゆっくりとした散り方だった。しかし,その一世一代という散り方をした処に人も獣もいなかった。ほうほうとフクロウの鳴く音だけが聞こえる風もない夜で遠くで沢の音が低く通奏低音のように鳴っているだけだった。静けさの重圧が霧となって降りてくる気配が感じられる夜だった。

私の桜の写真を見ながら桜のコカリナを演奏したらなんといいだろう。
そんな妄想を抱(いだ)いた。


にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村

2019サクラサク⑪-風土記の桜「加美郡柳澤村長泉寺の桜」-

DSC_9104-2s.jpg
長泉院 エドヒガン 300年

加美郡宮崎町柳沢村の長泉院の種まきです。
地図で確かめると柳沢となっており,風土記の柳沢村風土記書出には残念ながら名木は記載されていませんでした。また長泉院書出にもこののことは触れられていません。根回りが県で4番目の太さですので風土記に記載されていてもよいでしょう。隣の谷地森村では15本の名木が記録されています。その中にが一本あり,場所は町となっています。二丈五尺ととても大きなになります。条件を満たしてはいますが現在では地図に町という地名が見当たらないのです。また隣の村の鳥屋崎村の八幡神社にも根回り県内7番目という桜が現存していますが,肝心の風土記には記載されていません。この神社で記載されているのは杉三本です。根回りが一丈三尺,一丈五尺とシルされています。鳥屋崎八幡神社の大きな桜は245年前の安永年間は寝回りがまだ一丈にはなっていなかったとも考えられます。
実際風土記の記録に従って当地を探し求めてもめあてとする桜が見当たらないこともあります。地元の方に確かめるのが一番良いと感じます。

DSC_9073-2s.jpg
堂々とした風格のある種まき桜です


DSC_8974-2s.jpg

このように風土記の桜を求めて探しておりますと,町の中心部よりも街道に沿った辺境部の村々によく残されているような気がします。それも神社仏閣の中に,または舘跡に多く残っているような気がします。仙台藩には平均して一つの村に二つの修験の寺があったといいます。つまり修験が村の拠り所としての古木や古館を守ってきたこともあるのでしょう。


にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村

2019サクラサク⑩-風土記の桜「北舘の桜」-

DSC_0249-2gs.jpg
岩手県平泉衣川「北舘の」露出5分

安永風土記(1770)に書かれていたを訪ね歩いています。
この安永風土記は現在で言うと国勢調査のようなもので,各村々の肝入や寺院等が領主に対して細かく報告することになっています。その項目は

一 村名とその村名の由来
一 田代  何貫文
一 畑代  何貫文
一 人頭  何人
一 家数  何軒 但名子水吞借家等迄
一 男女都合 何人
一 馬    何疋
一 牛    何疋
一 名所  幾ツ
一 舊跡  幾ツ
一 神社  幾ツ
一 佛閣  幾ツ
一 寺    何ヶ寺
一 修験  何ヶ院
一 古人  何人
一 山   幾ツ
一 森
一 嶋
一 浦
一 崎
一 御林
一 瀧
一 川   幾ツ
一 橋   幾ツ
一 沼   幾ツ
一 堤   幾ツ
一 堰   幾ツ
一 坂   幾ツ
一 道   幾ツ
一 名石 幾ツ
一 名水 幾ツ 
一 名木 幾ツ
一 産物 幾ツ
一 古歌 幾ツ
一 屋敷名 幾ツ
一 御村境 幾ツ
となっています。この中に「一 名木 幾ツ」があり,但し書きがあってその条件に合う木を挙げるようになっています。「何木か,幹廻りは何丈か,百年以上の古木か,根もとが一丈以上,大木の場合は残らず書くこと」というきまりになっています。おもしろいことには「御用木に取り立てたりしないので正直に書いてほしい。古い場所を知るためです。空木であっても書いてほしい」という旨が付け加えられていることです。

DSC_0058-2s.jpg
岩手県平泉衣川「北舘の」夕方の

私はこの「一 名木 幾ツ」に注目し,更にこの名木の中に好きなはどれくらいあるのかと訪ね歩いて調べてみようと思いました。こうしたきっかけで私の参りが始まったのです。そしてまず身近な所から調べ始めました。その結果名木として報告された木は次のようになりました。
風土記に出てきた名木
仙台藩関係(岩手県胆澤郡,刈田郡・柴田・伊具・名取・加美・登米・遠田・本吉・桃生・牡鹿・栗原郡から)
杉 134
槻(つき)けやき  37
松  21
榎  34
樫  15
懸刀子(さいかち)  17
桜  39 
銀杏   3
檜   12
榧   9
楢   5
いたや   4
この「桜  39本」を245年経った今,再び会いに行こうと思いました。

北舘のさくら
10年前に撮った「北舘の桜」

しかし,風土記の桜を訪ね歩き回りながら簡単なことではないことも感じています。まず現代に残っている桜の名木と245年前の桜の名木とは必ずしも一致しないことに気付きました。どうしてなのかはまだ分かっていません。また地形が変わったり,造成されて切り倒されている可能性もあるようです。大木なので移動させたりすることはないとは思いますが・・・。

DSC_0254-2s.jpg
岩手県平泉衣川「北舘の桜」

この私の桜参りはかなりの時間がかかりそうです。でも少しずつ進んでいます。写真は記録性と桜の魅力を存分に伝える芸術性の両面から撮ると難しさを感じます。でも記録写真はかなりの方が撮っていらっしゃるので私の場合は私なりの撮り方でいいかなと思っています。

DSC_0260-2gs.jpg
「北舘の桜」

この風土記の桜参りは続きます。


にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村

風土記の桜-入谷・みなもと櫻-

DSC_8521-2gs.jpg
入谷桜沢地区 みなもとの櫻 エドヒガンに見えました。

1770年に残された記録安永風土記に書かれている桜を訪ね歩いています。
つまり差し引き245年前の記録に名木として掲げられている桜があります。風土記には仙台藩の各村々の名木が載っています。多くは杉ですが,わずかに桜も登録されています。数えてみると38本の歴史的な桜があるわけです。時代を超えた桜の木。そこに目を付けてみました。爾来ちょこちょこと風土記に載っている櫻の名木を訪ねて回るようになりました。

今日は本吉郡志津川入谷のみなもと櫻です。

DSC_8591-2gs.jpg
カタクリに囲まれて咲くみなもと櫻

肝入甚五郎の書いた入谷村の風土記御用書出の「名木」の項を見ると,入谷村の名木五本が書かれています。
一 名木 五本 一 槻(平) 壹本 廻 三丈五尺        一 同  (八幡下)壹本 廻 二丈三尺
 一 松(同所) 壹本 廻 一丈五尺       一 杉(薬師堂境内)壹本 廻 一丈二尺
 一 櫻(櫻澤)壹本 廻 一丈五尺
  右ハ櫻澤屋敷名之櫻ニ御座候處往古之木ハ枯候而當時代木之由ニ御座候種蒔櫻ト申伝候事
  右櫻之外ハ名木ニハ無御座候得共古木ニ付御書上仕候事
一丈は約3.0303メートルですから櫻の幹廻りは一丈五尺で約4.5mとなります。超大木です。しかもこの櫻は二代目のようですね。「往古之木ハ枯候」とあります。

DSC_8690-2s.jpg

この櫻がある地区は「櫻澤屋敷」といいます。「屋敷」は地区という意味です。昔から何百年もこの櫻を見続けてきたのでしょう。確かに地名に櫻が付くとその地域に古い櫻があったようです。山深い谷あいのここ入谷地区で守られてきたみなもと櫻は満開の花を咲かせて静かに村を守っています。

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村