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宮澤賢治写真帖 白い鳥 1923,6,4

白い鳥

なぜそれらの鳥は二羽

   そんなにかなしくきこえるか

   それはじぶんにすくふちからをうしなったとき

   わたくしのいもうとをもうしなった

   そのかなしみによるのだが

『春と修羅』の中の「白い鳥」から

 妹をうしない,6か月たって書き始めた作品が「風林」と「白い鳥」。この次の詩が「青森挽歌」と続く。
 「二疋の大きな白い鳥」とは,ハクチョウのことだろうか。このハクチョウを追って,賢治は樺太に行ったのだろうか。

陽の光降り注ぐ林の尾根道

陽の光降り注ぐ林の尾根道
山歩きをして一番心安らぐのが光降り注ぐ尾根道を歩いているときです。 
 鳥の声,風が通りすぎる音,きらきらした木洩れ日,道案内するチョウ。すべてが幸せを与えてくれます。
 確かに尾根を登り切ったときに現れる山々の景色もすばらしいですが,東北の山の魅力は林の中に続く道にあります。私が低山に魅力を感じられるようになったのは陽の光降り注ぐ林の尾根道があったからです。

宮澤賢治写真帖 その3 1945,11,17

1945,11,17 藤原嘉藤治 東根山麓入植
昇る昴
 賢治と嘉藤治。これ以上の仲間はいない。いつもそう思う。今回の日付は「1945,11,17」。
藤原嘉藤治が岩手に戻り,賢治と同じように百姓になった日である。この日,嘉藤治は東根山麓に入植した。  どうして・・・。 なぜ音楽の道を捨ててまで・・・。
 理由はわからない。賢治全集の編集も最後までやり遂げ,野に生きる道を選んだ49歳の嘉藤治。
何回か賢治とともに田んぼに立ったことだろう。そして米の作柄について賢治の話を聞いただろう。
その夜もそうだった。刈り取りが終わった後の田んぼの彼方から昴(スバル)が昇っていった。二人は一緒にその冬の星を見ただろう。