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合成写真とシュールレアリスムという考え方

小友の桜
小友の桜(コンポジットによる2コマ合成)

 この桜の写真は2枚を合成したものです。1コマ目はさくらの写真を,もう1コマは満月の写真を組み合わせました。月の上の明るい星は木星です。
 この写真は,ひとつの試みとしてつくってみましたが,果たしてこういう写真はいいのか,好ましくないのかという話が分かれるところです。これには写真の記録性からして現実に合わないものをねつ造しているという結果になるからです。確かに記録性が大切にされる場合は合成は絶対避けなくてはいけません。しかし,作品づくりという点では合成もよいのではないかとわたしは思うのです。
 わたしが若い頃,シュールレアリスムという文学の潮流にはまりました。超現実主義と訳されたシュールレアリスムは,「事物同士の新しい出会い」による新しい世界をイメージして,文学,映画,絵画,ファッションの新しい潮流として一世を風靡しました。
 私の本棚にもアンドレ・ブルトンから始まり,瀧口修造の詩的実験まで懐かしい本が並んでいます。
このシュールシアリスムの考えは前衛的ながら,イメージの創造という点で大変刺激的です。これを写真の分野に当てはめると,様々な作品づくりが可能になります。果敢に新しい写真の領域にチャレンジすることも興味深いことです。 

飛べない白鳥が見つめるもの-背景処理-

飛べない白鳥飛べない白鳥が見つめているもの
NikonD300 70-300mm F6.3 1/2000 -0.3 ISO640

 伊豆沼では夏でも留まって渡りをしない白鳥が10羽ぐらいいます。けがをしたりしてうまく飛べないようです。青々とした夏草の間から彼らの姿を見ると,沸騰したかげろうに揺らぐこともなく生き続ける命の力を感じます。彼らは必要以上に人におもねることもなく,自分の力で生き,やがて渡ってくる仲間達を待ちます。そして,春に渡っていく仲間をたった一人で見送ります。
 その白鳥がある日堤防で立ち止まり,じっと何かを見つめていました。オオハクチョウです。見つめる彼方には何もあるわけではありません。じっと動くことなく,見つめているものは何でしょう。背景のボケの中に,わたしには読み切れない孤独な鳥の思考をおいてみました。

伊豆沼秋の夜明け

伊豆沼秋景伊豆沼の夜明け
NikonD70 40mm F6.3 1/125 +0.7 ISO1600

 田んぼはすっかり稲刈りが終わって,伊豆沼の秋も深まりました。朝晩は10度以下になり,空気がひきしまってきました。スバルが昇ってくる時間が早くなったなあと感じます。ただ今の日の出は6:00です。ガンは6:00過ぎに飛びだちます。このごろカメラマンも多くなりました。大砲のような超望遠レンズが並びます。わたしはというと,わざと人の少ない場所で上のような写真をこそこそと撮っています。