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蕪栗沼の朝『串田孫一エッセイ選』

蕪栗1123 NikonD300 300mm F6.3 1/2000 ISO400
蕪栗1123-2 NikonD300 300mm F8 1/200 ISO1250

 このところの朝は,0℃,1℃と冷え込んでいます。天気がよい日が続き,休み中は団体さんがマイクロバスでガンの朝の飛びたちを見ていました。眠そうな顔をした小学生らしい団体も来ていました。
私も子どもの頃から朝夕のガンの様子を見てきましたが,本当にすばらしいと感じるようになったのは,故郷の良さを感じてからのことでした。

 最近,串田孫一自選のエッセイ集の『Eの線切れたり』(平凡社)を再び読みました。
 串田孫一の静かな語り口は山歩きが好きな人たちならよく知っていることでしょう。山登りも,絵も,文章も一級品だと思います。どこか瀟洒でこだわりがあり,そのこだわりを強く見せたりしない奥ゆかしさも持っています。私は串田孫一から,自然の見方,一人で歩くことの楽しさ,一人であることの厳格さ,孤独の美を学びました。
 その中にある「風景について」という一篇を読んで,ようやく彼の自然に対するこだわりが見えてくるような気がしました。 文中,写真を撮ることがあまりよいことではないような語り口が出てきます。
「写真機をそこに向けることによって印象を強める筈のところ,逆に,写真機に納めてしまったという安心感によって,印象は薄められ,時には印象を全く受けずにその場を立ち去って行く場合さえありそうに思える。」
大切なのは自分が自然に対しているときに「印象という形をとって風景が直接脳裡に焼き付けられること」と書いている。これは全くその通りと言える。我々がファインダーを覗いているときには,全体を見てはいないのだ。しかし,こうも言える。瞬間を見逃さない訓練も写真機だからできると。

今日の本    串田孫一自選エッセイ集の『Eの線切れたり』(平凡社ライブラリー)