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独自の説得手段だけという芸術の未来

霧1霧の朝
霧2

 霧に包まれる風景は魅力的である。霧の風景はよく異世界への境界線としても描かれる。これは霧が現実の再現を拒否しているように思わせるからかもしれない。一方それを撮る写真は,現実を写しながらも,現実の再現不可能性を求めている。つまり他の人には容易に撮せないものを写真に収めたいと思っている。芸術写真はその再現不可能性にある。だれもが芸術は,模倣の時代は終わった,フィクション(虚構)の時代は終わったと思っている。そうならば何に芸術の方向を求めているのだろう。

「頼りとするのは独自の説得手段だけであり,とりわけ現に存しているものを説得力あるかたちで乗り越えることを,少なくともそれをめざしているという動機を認識できるという点が重要になるのである。」
                蓮實重彦『赤の誘惑-フィクション論序説-』P281最後に・・・・・
                ニクラス・ルーマン『社会の芸術』から,蓮實の引用
 
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