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いよいよ大晦日『サイモン・シン,今年はまった本』

こんにちはあんただれ?
ガン1230ガン飛び立つ
整列(子ども)ちゃんと並んでね。(白鳥)はい,わかりました。

 今日の月は月齢15。今日の月の出は15:56です。部分月食がありますからテレビに疲れたら,外に出ましょう。3:51食の始。食の最大は4:22。食の終は4:53という一時間弱のショーです。食分は0.08と天文年鑑に書いてありました。月の左下が暗くなるでしょう。
 そこで食の最大を中心に前3枚,後3枚,計7枚撮ることにしました。そしてコンポジットして1枚に仕上げます。撮影場所は内沼にしました。でも晴れないような気がします。
 今年7月から始めた,このブログ,見に来ていただき本当にありがとうございました。みなさんの来年がよりよい年となりますようお祈りいたします。来年もどうぞよろしくお願いします。

今日の本
今年はまったサンモン・シン
今年の新しい収穫はサンモン・シンの本に出会ったことでしょう。天文学も数学も身近に感じられるようになりました。『宇宙創成』では科学がどのように考えるかということがよくわかりました。宮澤賢治とその周辺を取り巻く人々の関係も少し調べることができたこともよかったです。このブログがきっかけで調べることも増えました。よい刺激になっています。来年も科学読み物の関心は続きそうです。
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
(2006/05)
サイモン シン

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宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)
(2009/01/28)
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夕暮れの内沼『のだめカンタービレ』

羽
木星と眠りにつく白鳥
木星と眠りにつく白鳥
内沼夕暮れの内沼

昨日賢治のお正月のことを書きました。新年は賢治にとって自分を変える特別な意味があったという思いが私の中にあったからでした。別に賢治だけでなく,わたしにも,来年になったらこうしよう,今年こそはこうしたいという気持ちになります。
 そこで賢治の1月の動きを昨日紹介した堀尾青史の『年譜宮澤賢治伝』から拾い出してみました。

1921(大正10)25歳 1/23無断で上京
1922(大正11)26歳 1/ 6詩作開始。のちの『春と修羅』になる
1923(大正12)27歳 1/4 トランク一杯の原稿を持って上京
1924(大正13)28歳 1/1『春と修羅』の刊行を意図し,「序」を書く
1925(大正14)29歳 1/5~1/8 異途への出発 三陸海岸を旅する
1926(大正15)30歳 尾形亀ノ助の『月曜』に『オツベルと象』発表
1927(昭和2) 31歳 『春と修羅』第二集の「序」を書く


 これだけ書いても賢治にとっての正月(1月)は新しい何かに向けて歩き出すスタートの月だったと言えるのではないでしょうか。賢治の新しいことに挑戦する意欲はうらやましいくらいです。

今日の本
『のだめカンタービレ』二ノ宮知子 講談社KC
のだめカンタービレ #23 (講談社コミックスキス)のだめカンタービレ #23 (講談社コミックスキス)
(2009/11/27)
二ノ宮 知子

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 昨日やっと『のだめカンタービレ最終楽章』(前編)を観てきました。おもしろかったです。原作のマンガも#23で終わりだそうですね。後編は4/17公開とありました。
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白い鳥『宮澤賢治伝』

白鳥2最後の一蹴り
白鳥1さあ,スタート
白鳥3いくぞーー

 オオハクチョウは体重10キロを超えますから,飛ぶのも助走が必要です。しかし,飛ぶ姿はやはり白く,美しく優雅です。近くを飛ぶと大きな羽を広げて2M以上にも見え,羽が繰り出す風圧も感じ取れます。飛び立ちは実にダイナミックで沼の端にいても,水を蹴る大きな音が響いてきます。
 私はハクチョウの助走と飛び立ちの正面からの写真を,画面いっぱいに収めたいと思って通っています。しかし,満足する写真は一度も撮ったことがありません。夜でも飛びますから,目もちゃんと見えているようです。月明かりの夜,飛んでいるハクチョウを撮れたらなんと美しいことでしょう。一度も夜飛ぶハクチョウの写真を見たことはありません。ガンもそうですが,ハクチョウも飛び立つときには声を掛け合います。すると飛ぼうとする仲間も集まってきます。互いに鳴き合って,飛ぶ確認をします。これが飛び立つきっかけになります。しかし,体の動きを注意深く見ていないと,いつ助走しだすかわかりません。その決定的な瞬間をとらえるため,2時間,3時間と立ちっぱなしの時間が続きます。
 でも何度見ても,白い羽が太陽に輝く飛ぶ姿を見ると,神の鳥であり,魂を乗せた鳥だと感ぜずにはいられません。

 白鳥は 悲しからずや 空の蒼 海の蒼にも 染まず漂う

 宮澤賢治は妹が死んだ後,『白い鳥』という詩で,妹がハクチョウになって飛んでいると詩に詠いました

白い鳥(抄)

 二疋の大きな白い鳥が
 鋭くかなしく啼きかはしながら
 しめった朝の日光を飛んでゐる
 それはわたくしのいもうとだ
 死んだわたくしのいもうとだ
 兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる

   (それは一応はまちがひだけれども
    まったくまちがひとは言はれない)

 あんなにかなしく啼きながら
 朝のひかりをとんでゐる
   (あさの日光ではなくて
    熟してつかれたひるすぎらしい
    夜どほしあるいゐるために
    そんな Vague(バーグ)な気がするので
    ちゃんと今朝あのひしげて融けた金(キン)の液体が
    青い夢の北上山地からのぼったのだ)

 なぜそれらの鳥は二羽
 そんなにかなしくきこえるか
 それはじぶんにすくふちからをうしなったとき
 わたくしのいもうとをもうしなった
 そのかなしみによるのだが

    (ゆふべは柏ばやしの月あかりのなか
     けさはすずらんの花のむらがりのなかで
     なんべんわたくしはその名を呼び
     またたれともわからない声が
     人のない野原のはてからこたへてきて
     わたくしを嘲笑したことか)

 そのかなしみによるのだが
 またほんたうにあの声もかなしいのだ
 それらは白くひるがへり
 いまむかふの湿地、青い芦のなかに降りる
 降りやうとしてまたのぼる


 よく晴れた高い空でコォーと鳴いて飛んでいく白いハクチョウの姿は見る心を奪います。
 今日の本
 堀尾青史『宮澤賢治伝』中公文庫
年譜 宮沢賢治伝 (中公文庫)年譜 宮沢賢治伝 (中公文庫)
(1991/02)
堀尾 青史

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 宮澤賢治のことを知るバイブルとも言える本です。私はこの本を何回読み返したかわかりません。
 私が,現在気になっていることは,賢治という人は,年が改まるということをきっかけにして,新しいことにチャレンジする人ではないかということです。賢治にとって,新年とは去年と違う自分を見いだすという意味があったに違いありません。別に特別な思いではありませんが・・・。
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