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賢治の蛙の卵『ガリレオ・ガリレイ』

沼2朝日の中を飛ぶ
沼1雨氷

春らしい一日でした。
しかし,鳥たちの北帰行は2週間ほど遅れているようです。
伊豆沼にはガンが35000羽,ハクチョウは1100羽くらい残っています。

今日の宮沢賢治の話は,彼のものの見方,考え方です。
賢治と5年間同じ職場でつきあった白藤慈秀という人がいます。二人で花巻から盛岡に行くために汽車に乗りました。
折しも春爛漫として桜の花も満開です。汽車は,矢巾の駅に止まりました。矢巾の駅の構内に満開の桜が並んでいました。
白藤「どうです。きれいですね。宮沢さん。」
賢治「そうですね。」
白藤「どうです。この満開の桜の美しさを,大衆にでもわかるようにレベルを下げて,詩をつくってみたら。」
賢治「うーん」
白藤は興味深く賢治の顔を覗き込んだ。
賢治「桜の花というのは,蛙の卵を寄せ集めたように見えませんか。」
白藤「は?」
賢治「(レベルを下げるなんて)下卑たことだ。独自の新鮮な見方で書いておけば,今はわからなくても,やがて大衆にも解る日がくるのだ。」
 
 賢治もなかなかに頑固です(笑)

今日の本
『ガリレオ・ガリレイ』青木靖三 岩波新書
ガリレオ・ガリレイ (岩波新書 青版 576)ガリレオ・ガリレイ (岩波新書 青版 576)
(1965/11)
青木 靖三

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出張中に読んだ一冊です。名著と言われるこの本。さすがです。でも一気に読んだ印象としては,ガリレオってなんでこんなにびくびくして生きていかなくちゃいけなかったのかということでした。それくらい宗教のけん制力が強かったわけです。同じとき,日本ではキリスト教の弾圧が激しさを増していたのは,世界がそういう動きの中にあったからなのだと思います。

ごぶさたしました『一握の砂』

樹氷3夕暮れの樹氷
樹氷2落日

大変ごぶさたいたしました。
出張からやっと帰ってきました。
東京では河津桜が咲いていました。石川啄木の終焉の地を小石川にみつけました。その説明板によりますと,次のようになります。

明治44年(1911)8月7日本郷二丁目に住んでいたところからこの小石川区久竪町七のこの借家に引っ越してきたそうです。そして翌年の明治45年4月13日に父と妻節子,若山牧水に看取られて亡くなります。26歳という若さでした。


この啄木最後の家は今は事務所のビルになっていました。桜通りに出ると,そこに朝降った雪もとけて河津桜のピンクが一際目を引きました。

今日の本
『一握の砂』石川啄木

不来方《こずかた》のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五《じふご》の心


頬《ほ》につたふ
なみだのごはず
一握《いちあく》の砂を示《しめ》しし人を忘れず


一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)
(1952/05)
石川 啄木金田一 京助

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