FC2ブログ

ツグミではないから安心して食って下さいませ

 私はツグミを見ると春告げ鳥だと思ってしまいます。雪が解け,青い草が見えるようになった庭を歩き回るツグミをいつか春と重ねるように見てしまったのでしょう。
つぐみツグミ
 題名にびっくりしたと思います。この題名の「ツグミではないから安心して食って下さいませ。」という文は,渡辺義雄から高浜虚子に大正4年1月に送られた手紙の最後のことばです。2人は大正3年春に,松山の漱石の家で偶然に会ったようです。高浜虚子は「漱石氏と私」でこの手紙を取り上げていたのでした。この文の意は山鳥を送ります。漱石はつぐみの焼き鳥を食べて,胃潰瘍を再発させ,結果的に死んでしまったという噂がありましたが「ツグミではないから安心して食って下さいませ。」という意味になります。

2つぐみ

 漱石が間借りしていた家に,子規が来ることになり,漱石は二階に移り,子規の俳句仲間との交流などを毎日見ることになった。明治29年のことであると書いてあります。やがて漱石も階下で俳句をつくるようになり,子規に○をつけてもらうようになった。その漱石は子規のことをこう書いている。
「子規という男は何でも自分が先生のような積りで居る男であった。俳句を見せると直ぐそれを直したり圏点をつけたりする。それはいいにしたところで僕が漢詩を作って見せたところが、直ぐまた筆をとってそれを直したり、圏点をつけたりして返した。それで今度は英文を綴って見せたところが、奴さんこれだけは仕方がないものだから Very good と書いて返した。」

つぐみ3後ろ姿 ♂ですか

続けて漱石が子規のことを言います。
「子規という奴は乱暴な奴だ。僕ところに居る間毎日何を食うかというと鰻(うなぎ)を食おうという。それで殆んど毎日のように鰻を食ったのであるが、帰る時になって、万事頼むよ、とか何とか言った切りで発(た)ってしまった。その鰻代も僕に払わせて知らん顔をしていた。」こういう話であった。極堂君の話に、漱石氏は月給を貰って来た日など、小遣をやろうかと言って居士の布団の下に若干の紙幣を敷き込んだことなどもあったそうだ。もっとも東京の新聞社で僅(わず)かに三、四十円の給料を貰っていた居士に比べたら、田舎の中学校に居て百円近い給料を貰っていた漱石氏はよほど懐ろ都合の潤沢なものであったろう。

 漱石と子規が同じ屋根の下にいたのは,せいぜい1か月ぐらいだったと虚子は書いています。
 しかし,この出会いは漱石が後に「ホトトギス」に「猫」でデビューすることを考えれば,決定的とも言える出会いだったのです。漱石がイギリスに行っている間に子規は亡くなっていました。

 しかし,ツグミの焼き鳥を食べて本当に胃潰瘍が再発したのかしら・・・。

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村