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春の日に思う賢治

夕焼け
父「遺言することはないか。」
賢治「国訳妙法蓮華経を一千部おつくりください。表紙は朱色、校正は北向氏、お経のうしろには、『私の生涯の仕事はこの経をあなたのお手もとにとどけ、そのなかにある仏意にふれて、あなたが無上道に入られますことを。』ということを書いて知己のかたにさしあげてください。」
満月の夜
18歳で島地大等の「漢和対照妙法蓮華経」の中の「如来寿量品第十六」に感激してから生涯法華経に生きる意義を見いだしていった賢治は,死の床でもそう遺言をしました。「ひかりの素足」にはこのお経が出てきます。
夕暮れ
「にょらいじゅりゃうぼん第十六。」といふやうな語がかすかな風のやうに又匂のやうに一郎に感じました。すると何だかまはりがほっと楽になったやうに思って
「にょらいじゅりゃうぼん。」と繰り返してつぶやいてみました。すると前の方を行く鬼が立ちどまって不思議さうに一郎をふりかへって見ました。列もとまりました。どう云ふわけか鞭の音も叫び声もやみました。しぃんとなってしまったのです。気がついて見るとそのうすくらい赤い瑪瑙の野原のはづれがぼうっと黄金いろになってその中を立派な大きな人がまっすぐにこっちへ歩いて来るのでした。どう云ふわけかみんなはほっとしたやうに思ったのです。
ウメ
この「如来寿量品第十六」は実際どんな経なのか,読んでみました。( こちら )
この世の終りがきて壊れ果てる時代に入り、世界一面に火が起こって全てのものが焼き尽くされても、私の境界から見ればそのありのままが浄土であり、安穏な世界であり、常に天人で満ちあふれ、美しい花園の中の御殿は、皆種々の宝をもって飾っていて、宝の樹木は華や実をいっぱいにつけた、衆生が楽しく遊ぶところである。天人たちは天の鼓を打っていろいろの音楽を奏し、美しい白蓮の華を雨のように降らせて、仏や大勢の人々の上にふりかける。
この世は地獄ではなく,その見方や考え方で天上にもなるのだという釈尊のことばがあります。無知故に地獄ばかりを見る私たち,そうとしか見えない私たちの狭量な曇った心。
賢治の素直な心は,無知蒙昧な私たちにも努力することにより,この世を浄土にすることができるという確信が得られたのかもしれません。そう思えば刻一刻と裸足である足元から,一歩ずつ無上道への道が続くということになります。
春の日
賢治のエネルギーは,この確信からスタートしていたとも言えます。

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