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沼の夕暮れ『三陸海岸大津波』

夕暮れ沼の夕暮れ

 吉村昭の『三陸海岸大津波』を読みました。
明治29年,昭和8年,チリ地震津波のルポです。圧倒的な破壊力をもつ津波の恐ろしさに戦慄します。
明治29年は1896年で,地震が起きた6月15日は陰暦の5月5日の端午の節句の日に当たっていた。その日の午後には大干潮となった。そして夜7時32分,7時53分と水平方向に弱震があり,8時2分に「大地はゆっくり揺れた」そしてその20分後大津波が襲ってきた。
 この明治29年という年は今から115年前で,宮澤賢治が生まれた年である。地震の起きた6月から海は大豊漁に湧いた。マグロの大群が海岸近くに押し寄せた。殊に鰯の大漁は海面を埋めるほどで「波打ち際も魚鱗のひらめきでふちどられた」という。
 それと同時に奇妙な現象が見られた。連日夜青白い怪しげな火が沖合に出現した。井戸水が濁りだした。
 そして地震。
 すると「突然沖合から,/「ドーン」/「ドーン」/という」大砲のような音が聞こえてきた。8時20分頃のことである。その音に前後して「海上に怪しげな火閃を目撃した者も多かった」という。
 更に驚愕することが書いてあった。
死体の多くは,芥や土砂の中に埋もれていた。生き残った住民や他の地方から乗り込んできた人夫達の手で収容されていたが,掘り起こしても死体の発見されない場合が多い。
 そのうちに経験もつみ重ねられて,死体の埋もれている個所を的確に探し出せるようになった。死体からは脂肪分がにじみ出ているので,それに着目した人夫たちは地上に一面に水を流す。そして,ぎらぎらと油の湧く個所があるとその部分を掘り起こし,埋没した死体を発見できるようになったのだ。(p54-55)
目を覆いたくなる事実である。しかし今回の地震で,現在でも行方不明者の捜索が続いている。

死者・行方不明者2万8525人に 13日午後7時現在 警察庁
  警察庁によると、13日午後7時現在、死者は余震を含め12都道県で1万3392人、行方不明者は新たに宮城県東松島市の776人が計上され、1万5133人になった。死者と行方不明者は合わせて2万8525人。行方不明者が計上されていないのは仙台市だけになった。(産経新聞)
 
一日でも早い行方不明者の発見をお祈りしたい。
三陸海岸大津波 (中公文庫)三陸海岸大津波 (中公文庫)
(1984/08)
吉村 昭

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