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厚朴の木のこと-菅江真澄-

ホウノキ厚朴(ほう)の木
 今まで栗駒山のブナなどを紹介してきましたが,今日は菅江真澄の訪ねた栗駒山を紹介します。

 文化十一年と言いますから,1814年のこと。菅江真澄は五月から秋田県南部の雄勝郡にいました。そして翌年三月までの間,この栗駒山に登ったりしたようです。「駒形日記」には東成瀬村から現在の国道342号を南下して栗駒山に辿り着いた日記があります。引用します。
(雄勝郡東成瀬村)の高橋の家を出て,朴木台(ほおのきたい)という萱原をはるばると行った。むかしこのあたりはみな陸奥の国であって,柿本人麻呂の「みちのくの栗駒山の朴木の枕はあれど君が手枕」とよんだ朴木も,ここから産したのであろう。だから栗駒山の麓に,このような朴木台の地名もあるのだろうか。ある医師(くすし)が言うには,もろこし(中国)から渡来した厚朴(ほお)に似た厚皮(くすり)になる木がここにある。同じ朴木の種類であるが他所の朴木と違い,この駒岳(こまがたけ栗駒山のこと)でなければない朴木だと言っていた。そのようなわけで古くから,この木皮を採って薬とし,幹では木枕をつくって献上したのだろうか。
つまり栗駒山のホウノキは特別な効能のある薬となっていたということです。
 山の緑濃くなった頃,このホウノキとトチの木が花をつけます。どちらも大ぶりな葉など似たところはありますが,一際かぐわしい香りがするのがこのホオノキなのです。山を歩いていると急によい香りに立ち止まることがあります。見上げますとホオノキです。赤い実になってもこの香りはしています。
 昔の人はしゃれたことをしたものです。このかぐわしい香りのするホオノキの幹を枕にしたのです。かすかに香りが立って心地よい眠りにつけたのではないでしょうか。そのような香りのするホオノキより愛している君の手枕がもっといいという気持ちもわかりますが・・・。
「みちのくの栗駒山の朴木の枕はあれど君が手枕」
ホオノキの枕。なんておしゃれなプレゼントでしょうか。
ホウノキ2大きな葉と大きな花
 私は紀行文などを読むことも好きなのですが,この菅江真澄という人。江戸時代の東北では芭蕉と同じくらい有名なのです。温泉好きのはしりの人かもしれません。旅行中にしたためた文と絵は陸奥の風俗と山深さを伝え,素晴らしいと思います。
ホウノキ3大昔の生き残りのような葉と花ですね。植物としても興味深いものがあります。それについてはまた近いうちに取り上げたいと思います。
朴葉透かして見る緑の葉
 菅江真澄は.1741年に出た『封内名蹟志』(13)21巻を読んでいたのではないでしょうか。現在でも仙台叢書に納められたこの本の中で栗駒山はこう紹介されています。
「栗駒山。沼倉村(宮城県側)に有。下同。
山上朴樹多し。頗る美材也。貢公用。郷人又駒ヶ嶽と稱す。磐井郡五串村に跨れり。神名式に載る所。駒形根神社。山上に有。其路険難にして。土俗老少登り難し。故山下に小社を建て祭祀せり。此地を今一の宮といふ。
封内駒形と稱する地。二ヶ所有。一は伊澤郡に有。其字其訓相同じきが故。人多く是を誤れり。神社を以ていふ時は。當郡沼倉沼は。駒形根神社。伊澤郡西根村は。駒形神社也。山名を以ていふ時は。當所は栗駒山駒ヶ嶽といふ。歌枕に稱する栗駒山といふ是なり。古歌多くは朴樹を詠ず。此山朴樹多し。是其證なり。伊澤郡は駒形山といふべし。視る者妄りに混ずべからず。
(中略)
六帖歌枕。以下夫木集 人丸
陸奥の栗駒山の朴の木は
花より葉こそすずしかりける
(後略) 」
この内容は菅江真澄の「駒形日記」とよく似ているのです。この記述を読んだ真澄は一度訪れてみたいものだと思って,実行に移したのかもしれません。

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