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妄想する尾根道歩き

栗駒山10.14 798-2s日だまり移りゆき,鳥飛ぶ
 尾根道を行ったり来たりして人のいないところで腰をおろしている。
 雲が行き過ぎて山腹の紅葉が輝き,そして暗く翳る。
 なんだか立って歩く気になれない。あの場所が明るく輝いたら,いいなと心の中で幸せな賭けをしてみる。鳥の群れが日だまりを求めて飛んでいる。
栗駒山10.14 425-2s続きゆく道
 この道を行けば,沢の源流部にたどり着く。夏まで雪が消えない所だ。
 6月下旬,あそこの沢の源頭部で迷って,霧の中を引き返した。ブナの林を長々と歩いた。
 今は上からよく見える。迷っていた自分の姿が見えるようだ。
栗駒山10.14 469-2s
彼方に見える頂
 意外とここは栗駒山の頂が格好良く見えるところだ。何度も見てきたのに今日はとても貫禄がある。虚空蔵山のピークにたどり着いた人が何回もおーいと叫んでいる。2回ほど答えてあげた。
栗駒山10.14 635-2s草紅葉の向こう
 湯浜コースのブナを抜けると,この湿原にたどり着く。天国のようなところだ。長いコースなのであんまり人には知られていない。知られていないからこそ,そんなところに天国はあるのかもしれない。人の多すぎる天国なんてと思ってみる。
栗駒山10.14 657-2s木道の曲がり
 この木道の曲がり具合をずっと見ている。彼方に湯浜峠も見える。あの木道の向こうに誰か自分を待っている人がいるような気がする。いや,これは道のつくり出している魔法にかかった証拠だ。よくこんなことを感じる。道の向こうから声がすることや,その声が自分を呼んでいるように聞こえることは妄想なのだが,見えていない道の向こうに時間を超えた大昔のこの場所の力が自分を呼ぶことがある。
 なだらかな,また急峻な「線」で画された見えない彼方からの呼び声に今よく耳を傾けていたい。
栗駒山10.14 728-2s日翳る稜線
 このように心を解放して歩く山は,自分の中に時空を超えた何かが入ってくることを許すことでもある。不思議な体験もある。まさに妄想という一言で片付けられることでもあるが,自分の中の薄闇から立ちのぼってくるものを抑えないで陽光輝く尾根を行ったり来たりする魅力にはまってしまっているようだ。

撮影は10/14の栗駒山

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