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橋の桜-黒沢清新作-

5月桜 062-2s
橋の桜2013
はしの桜
橋の桜2012

 今日は映画の話です。
 黒沢清の新作が6月1日に封切られるという話を聞きました。(映画公式サイトは こちら )
公式サイトのトップページ。主演の佐藤健と綾瀬はるかの瞳を見て下さいね。綾瀬はるかの瞳の中を首長竜が過ぎていきますよ。

 「リアル-完全なる首長竜の日-」というタイトルで,原作が同題の乾緑郎の小説「完全なる首長竜の日」です。私も今日読み終わりました。

完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
(2012/01/13)
乾 緑郎

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 読み終わってから,これって黒沢清が好きだろうなって思いました。
 設定の奇抜さやテーマが何よりも黒沢清が持ち続けているものに近いと思いました。映画館で観るのが楽しみです。
 原作のストーリーは,漫画「ルクソール」でヒットした漫画家の和淳美。幼い頃に浩市という弟と海で遊んでいて溺れさせてしまう。その浩市がのちに拳銃で自殺を図り,今は昏睡状態(コーマ)で西湘コーマワークセンターに入院したままになっている。淳美と昏睡状態の浩市とはコミュニケーションが取れないが,センシングという脳埋め込みチップを介して昏睡状態の浩市と話ができるSCインターフェイスという技術で,2人のセッション(会話)は進んでいく。セッションが進むにつれて,出来事が自分の記憶なのか,現実での起こった出来事だったのか,それとも夢の中での出来事だったのかが判別しにくくなってくる。現実(リアル)が乏しくなってくるのです。その現実のこの世界にいるはずの淳美は実はヒット作「ルクソール」を書いている途中で自殺していたことまで判明して・・・。

 これを黒沢清が取り上げなくて誰が取り上げるというのでしょうか。
 もう一度黒沢清の代表的なフィルモグラフィーを見てみましょう。
リアル 完全なる首長竜の日 (2013) 監督/脚本  
贖罪 (2012) 監督/脚本  
トウキョウソナタ (2008) 監督/脚本  
叫 (2006) 監督/脚本  
LOFT ロフト (2005) 監督/脚本  
ドッペルゲンガー (2002) 監督/脚本  
アカルイミライ (2002) 監督/脚本  
回路 (2000) 監督/脚本  
カリスマ (1999) 監督/脚本  
大いなる幻影 Barren Illusion (1999) 監督/脚本  
CURE キュア (1997)
彼はあまりに現実的な非現実をテーマに何度も描いてきました。オカルト的なものを通して現実を表現していたものが,どんどん現実の中のオカルト的な側面に近づいてやがて染み込んでいったと言ってもいいでしょう。最近ではトウキョウソナタや贖罪という殆ど現実を描いての不気味さにバージョンアップしてきています。もう現実を描けば,そこに立ち現れる物がすでに非現実の暗闇だと確信しているかのようです。
 かつて,私は黒沢清の映画「叫」(2006)を観て,こう書きました。
他者はいともたやすく「あなたの中に侵入してくる」,むしろ暴力的に侵入してくるものに対して,いつも人は自分を守るすべがない。他者が入ってくることを止められない,自分自身を守ることなどできないのだ。と映像で言い切っている。
 「叫」の冒頭の夢のシーン。壁であっても,窓であっても,不透明なシートであっても,侵入してくるものにとっては障害でも何でもない。他と隔てているはずの壁など,全く意味がなくなる。まさに肉体や心は,すべてすぐ壊れる壁,窓,不透明なシートそのものなのだ。おまけに,あなたが一瞥のもとに見た相手が,脈絡もなく,傷つけられたと感じたら,その罪によっていわれなき攻撃を受けても仕方ないのだ。現実では実際に,こういうことってある。この世に取り込まれた畏れを感ぜずにはいられない。その恐怖の表現の仕方が誰よりも卓抜している。
 私たちはかつて(信じている者は今でも),自分と他者との間の壁を取り払うことを望んできたのではなかったろうか。互いに理解し合う,壁のない世界を私たちは夢見てきた。愛。平和。そんな世界を望むことはできる。
 しかし,愛のために開かれたわたしたちの心には,同時に『幽霊もやってくる。』いつも自分の求める願いに合うものだけがわたしたちにもたらされてきただろうか。
 地震,風に揺れる木々の枝,ざわめき出す水面,光が途切れた空。いやな音とともに・・・。
 部屋の隅を見るといい。
 幽霊がいる。よく見れば,幽霊とは自分自身でもある。自分の記憶の果てに消えていった無意識世界・・・。自分の所有でありながらまったく記憶にも自覚にもないもの。それらは自分の理解を超えた他者でもある。
「完全なる首長竜の日」は彼にとっては格好の題材だと思います。現実とはなにか,その測りきれない境界を現代のスタンスで,結界をはれるのは彼をおいていないと思います。彼の映画は精神分析と心理学と民俗学を取り込みながら科学の最前線の陰を並行して疾走し続けています。

春の流れ
春の流れ(栗駒山にて)
今年は雪解けが遅いですね。

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