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白鳥の話-中勘助「鳥の物語」-

日曜夕方 2013-03-03 509-2s

紀元前279年という。秦王から趙王に黽池(べんち)で会飲の儀を開き,趙の宝物「和氏の玉」と秦の十五国を交換しないかと申し出があった。
その会を開くのはもと韓の領,黽池(べんち)である。黽池(べんち)は,渺茫と湛えた沓形の水があり,その湾曲した内側に宮殿があった。水に囲まれたような宮殿である。秦趙の兵士達は宮殿の外に陣取っていたが何かが起こるという興奮に殺気立っていたのだった。

しかし,その兵士達よりももっと興奮していたのは,宮殿を取り囲んでいた数千の白鳥たちであった。彼らは水の中にいたがいよいよという時になると押し合いへし合いになり,水に囲まれた宮殿は白い白鳥で埋め尽くされ,さながら雪の原野のような景色に変わった。その白鳥たちは今か今かと人間の愚行の末を見ておこうと集まってきたのである。

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白鳥たちは北へ帰る途中であったが,お土産話にと思い秦趙の王の会見を見に集まったのである。
まあ,元より彼らは人間のやることなどには何も興味もなかった。
「人間とは馬鹿なものだ。いつも戦ってばかりいて殺し合っている。そんなことをしないではいられない性格なのだ」
「全く。国境とやらも勝手に作り,土地に這いつくばって睨み合いだけしている」
「俺たちの方が気楽だ。国境も何もなく自由に飛んで,好きなところにまっすぐに行ける」
「正しくそうさ。それに比べ,人間の道は茨の道だ。曲がりくねり,藪を越え,谷に落ちる。俺はまた生まれるんだったら,やっぱり鳥がいいよ」

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趙の王の家臣,藺相如(りんしょうじょ)は秦の王と同格に張り合った。
藺相如(りんしょうじょ)の見事な押し出しと話術にはまっていった。
最後には秦側の「和氏の玉」への不敬な扱いに激怒し,秦の王がこの玉のために五日斎戒すべきだと迫った。
「強国であられる秦に対する敬意を持って,趙国の王は贈るべき「和氏の玉」の神力を減ぜざるため,五日斎戒に浴し身を清めてこの場に及びましたが,秦の傲りの態度は甚だし。玉を興味半分に回し見せ,女子どもにも手渡しては物見遊山な礼節を欠いた態度よ」
彼・藺相如(りんしょうじょ)は一歩も引かず,玉とともに自分が今頭を打って死ぬと高言した。そうなれば私の手の中の「和氏の玉」はどうなると思われるかと迫った。

秦王は仕方なく藺相如(りんしょうじょ)に五日間の猶予を与え,自らも斎戒することに決めた。

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その夜,藺相如(りんしょうじょ)は白鳥たちを集めた。助け出したいコビト邯鄲と「和氏の玉」を白鳥たちに運んでもらいたいと頼んだ。白鳥たちは昼間のあの弁舌と力に満ちた堂々とした藺相如(りんしょうじょ)の頼み事であれば,引き受けましょうと約束した。

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秦の王が斎戒して明日五日目という夜。片割月から4日過ぎた遅い月の出を待って,羽音高らかに何百という白鳥たちが飛び立った。白鳥たちの群れの下に籠船が着いていった。その中にコビト邯鄲と手紙,「和氏の玉」が入れられていた。残った白鳥たちはこの事の行方を確かめてから北へ帰ることにした。

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翌朝,約束通り斎戒をした秦王は「和氏の玉」もないことに激怒したが,今藺相如(りんしょうじょ)を殺せば,「和氏の玉」も得られず,両国ただ徒に厚誼を絶つばかりとなると考え,一行を趙の国へ帰すことにした。
残って,事の行方を案じていた白鳥たちは秦王の英断にまた心動かされることになった。

そして,白鳥たちは心やすく黽池(べんち)を去り,趙国に行き,先陣の白鳥たちと合流し,北の国へと大挙して帰って行ったということです。


追伸
この話は,中勘助「鳥の物語」の白鳥の話を読んでその印象で自分なりに構成して書いたものです。

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