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鶴の話-中勘助「鳥の物語」-

タンチョウヅル
タンチョウヅル 伊豆沼 2011.2..19

伊豆沼に最近タンチョウヅルが来たのは2011年と2012年でした。
どちらも寒くなってからの1月か2月だったと思います。珍しいことでニュースにもなったのでした。タンチョウヅルが沼に舞い降りると辺りの雁や鴨は珍しいのかタンチョウをじろじろと見るのです。やはり違う鳥だと思うのでしょう。タンチョウが来ると雁や鴨は自らよけて場所を譲ったのでした。サギよりも一段も二段も背が高いと思われた鶴は伊豆沼では別格の鳥と思わせる気高さがありました。また鶴も自分のことを知ってか,実に大胆に周囲の鳥を蹴散らすかのように歩き回るのでした。その時の写真を入れての今日の鳥の物語です。

さて,鳥の物語3回目の今日は鶴の話です。「鳥の物語」の最初に来るはずの鶴の話は最初に書かれた雁の話の昭和七年四月七日から13年も過ぎた昭和二十年の八月九日でした。時は折りしも終戦を迎える直前,長崎に原爆が落とされ,ソ連が満州に侵攻した日です。日本にとっては忘れられない日に,この「鶴の話」は中勘助が疎開していた静岡県で書き終わっていたのでした。
著者はこの本のあとがきで「で,大汗の前での席次としては鶴が主席であるべきのをこの本では校了順発表順によって「後の雁が先」になっている。」と記しています。

朝121 319-4ss
タンチョウヅルのアップ 蕪栗沼 2012.1.21

最初の語りてとして幾百千羽の鳥の中からまっ先に王様の前に進み出たのは丹頂の鶴であった。王様をはじめきら星のごとく居並ぶ人びとの目はこの前代未聞の催しに名誉の先頭をきって語られる話がどんなものだろうという好奇心をもってみみずくの耳みたいに立てられた耳とともにこの鳥一羽(タンチョウヅル)のうえにそそがれた。

そして丹頂鶴はこう語られます。
衣冠を正して出てきたらしい端麗な彼らの仲間がいわゆる大鳥歩みにゆらりゆらりと歩み出る様子を見てはいかに自分の美しい羽色や姿に自信をもつものも思わず感嘆のといきをもらさずにはいられなかった。彼には全身に高貴の相が具わっていた。雪のようなからだ,塔のような頸,殊にその真紅の頂は今さしのぼる太陽に似て光を放つかと見られた。

そして鶴の一声と言うべき声は「りんりんとした鶴のひと声であたりは水をうったように静まった。」と書かれます。

私が丹頂鶴の声を聞いたのは長沼で小鳥の写真を撮っていたときでした。朝の冷たい空気の質を一瞬にして変えるばかりの声でした。ただ大きい声というわけではありません。ふくふくとした響きのある鋭いと言うよりは満ちあふれるような輪郭のはっきりした声でした。その声は気品に満ちたものでした。今まで聞いたこともない声に青空を飛んでいく鶴のまっすぐな体をみたとき鈴を転がしたようなその声がきらきらと空から降ってきたのでした。

朝121 270-2s

物語に戻りましょう。鶴はこう言ったのです。
「昔むかし日本で平城とと申すところに都があったときのことでございます。」

思い思いに南の国へ旅だつ大群のなかに,日本の和歌の浦を半歳の故郷とさだめた千羽ほどのひと群れがあった。・・・ある年のこと冬もようやく過ぎ,春の歌のさきがけをする鶯もそろそろ歌い疲れる頃となったので,彼らは北の国への旅たちの相談をはじめた。
するとそこへ東大寺に住んでいる鳩がやってきた。
「聞いて下さい。すごい知らせです。みかどがここ,和歌の浦にいらっしゃるということです。」
「本当か」
「おい。聞いたか。本当らしいぞ。」

朝121 258-2s

「いくら私が長生きだってそうそうあることじゃない。まあ運よく居合わせたというものだ。出立をのばそうじゃないか。すばらしいみやげ話になるじゃないか。」という鶴の一声で出発は延ばすことにしたのでした。

さていよいよという日に鳥たちは早朝から今日を晴れとばかり羽根の掃除をしたので見ちがえるようにきれいになった。
鶴は頸を長くして今か今かと待ち,白鳥は肩がこるほど首をつっ立てて威儀をつくろい,雁鴨は興奮して尻尾をぴょろぴょろさせてばかりいた。鳥ばかりか魚までが我も我もと寄ってきた。

その日はまことにみゆき日和ともいうべき穏やかな日で,沖にはほのぼのと霞がたなびき,甘やかな太陽が円(まど)かな
昼の夢のように輝いて,不老の酒に似た磯の香をはこぶあるかなきかの風の流れは千歳をことほぐ岸の松が枝のその一枝をも鳴らさない。

朝121 318-2s

帝(聖武天皇)は和歌が浦のその美しい景色に陶然と見入っておられました。
しばらくの静けさが解かれたあと,側に付いていた山辺の赤人にお尋ねになりました。
「燕がきて久しゅうなる今日鶴が帰らずあのように群れておるはどうしたことか,赤人行って鶴にきいてまいれ」

赤人は鶴の近くに行き
「これこれそれなる鶴ども,燕がきて久しゅうなるにおまえたちはなぜ帰らぬのかたずねてまいれとのみかどの仰せである」

鶴たちは畏れ多くも御帝を拝謁賜りますことは今生におけるも最も光栄なることと思し召しお待ち申し上げておりましたとその旨を伝えた。
みかどはそのことを聞き,たいそうご機嫌殊のほかうるわしくなられ,
「赤人そちは歌の上手じゃ。さればいま一首鶴の歌をよめ」と仰せられました。
赤人は歌を待つ静まり返った和歌の浦や鳥たちや,みかどの視線を浴びて鶴,鶴と言いながらも微動だにしない鶴たちを焦ってにらみつけるように見ていましたが,待てどくらせど歌は出てきませんでした。赤人はうずくまったまま名の通りに顔を赤くして息絶え絶えになりました。

それを察した鶴たちは波の大きいのを見て一斉に羽ばたき,飛びたちました。ごーっと羽音をさせて朝の日輪に舞い上がりしばし大きく旋回して舞い降りました。その美しさにすべての者がおーっと感嘆の声を上げました。

和歌の浦に潮みちくれば潟をなみ
あしべをさしてたづ鳴きわたる

その赤人の歌にみかどはは感嘆しました。
みかどは赤人を誉め称えましたが,赤人は正直で謙遜な方でしたから「私はただありのままを言葉にしただけに過ぎません。さながらあの鶴こそこのような素晴らしき舞いを見せたものですから」

みかどは鶴を呼んで参れと申されました。
鶴たちはおそるおそるおんまえに歩み寄って畏まりました。
そのときみかどは手をさしのべられて一羽一羽の彼らの頭をなでられました。
するとなでられた鶴たちの白い頭がみるみる日の出の色に染まりました。
爾来,丹頂鶴と名付けられました。


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