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祝25周年 新田中学校「歓喜に寄すを歌う会」

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昨日の歓喜に寄すを歌う会

今年で登米市立新田中学校の恒例行事「歓喜に寄すを歌う会」が25周年を迎えました。

この美しい行事が始まるきっかけを当時の音楽科の小野寺先生は「二学期の終業式で「歓びの歌」を合唱したのが始まりでした。それは一年間のしめくくりとして,また来るべき新しい年への希望を生徒も教員も,歌を通して一つにしたい」と語ります。それは昭和も終わる年のことでした。
 そしてその二年後の平成2年12月,学校のシンボルであるヒマラヤシーダの前に集ったのでした。

これが第1回の歓喜に寄すを歌う会の始まりでした。

そして25年が経ちました。

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え場から最後のマガンの群れが伊豆沼の方角に飛んでいきました。
もう薄暮は色濃く大地を囲むように暗い闇に包んでいました。16:15,既に日は沈んでいます。

清新な歌声が響きはじめました。
この歌声はすべて先輩から後輩へ伝えられた歌です。練習は先輩が後輩へ教えるという形で続いています。創りだし,伝えられ,四半世紀を迎えました。三年間歌い続けられた歌は卒業しても,何年経ってもドイツ語でこの第九の第四楽章の「喜びの歌」をすぐ歌うことが出来ると言います。20周年記念誌に寄せられた文で,卒業生の丹野くんは書いています。「歴史,伝統を受け継ぐことは難しい。やらないこと,諦めることは,いつでも一番簡単なことだ。それをどう受け止めて,後輩に教えていくのか。」

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「25th」という明かりキャンドルは当時の鈴木校長先生が20周年を祝してつくったものだそうです。ろうそくの光がゆらゆらと自然の陰翳を雰囲気良く醸し出しています。記憶では唯一雨模様で,体育館で行われた年がありました。そのときもこのキャンドルは印象深く輝いていたことを思い出しました。25年も続けていれば雨も降るし,雪も降ります。手元にある20周年記念誌の写真を見ると,平成5年の写真では雪が降っていました。

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今年の歌声の後ろの晴れた空ではアルタイルとベガが程よく並んで輝いていました。天の川が沈んでいきます。
この25年の中で,歌ってきた生徒達も教員も観客も変わりました。そして彼らのバックコーラスである空も変わってきました。2004年には4.1の月が懸かっていました。2005年には金が鋭く輝いていました。2006年の「歓喜に寄すを歌う会」は金が沈むと同時に合唱が始まりました。マックノート彗が南半球で大化けしたのはこの年でした。2007年はヒマラヤシーダの樹に三日月が懸かっていました。2008年は金や木が強く輝き,東からは満月がゆっくりと昇ってきました。

25年続いた新田中学校「歓喜に寄すを歌う会」のバックコーラスの空の面々も年ごとに変わってきました。

べートーベンは「喜びの歌」をつくりました。
若いときの彼は避暑地でゲーテと散歩していたときに,偉い人が馬車で通りかかるとゲーテは軽く会釈してもベートーベンは会釈すらせず憮然とした態度で見送っていたといいます。それほど権威や権力を嫌っていたとも言えます。その彼が心から「天空と高みでつかんだ宝を,光を人々に手渡した」のがこの曲でした。すべてからの自由を自ら生きたベートーベンだからこそつくれた曲でしょう。

最後に新田中学校を卒業していき,全国に散っていった卒業生の皆さんに,当時の鈴木校長先生が20周年記念誌でこう語りかけます。
「新田の空とつながって輝いている金星を見て,一生懸命情熱を注いだ時代の懐かしい姿が夜空に映し出されるに違いありません。素晴らしいふるさとから応援しています。」

新田中学校「歓喜に寄すを歌う会」
本当に25周年おめでとうございます。
ふるさとがこんなに輝いていることにすべての人が誇りに感じることでしょう。
最後にこんな感慨深い思いにしてくれた新田中学校の生徒の皆さん,先生方に心から感謝します。こんなに素敵なプレゼントをいただいたのに,何かでお返ししたいと毎年思っています。もしよかったら私の拙い写真を受け取って下さい。


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