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新・遠野物語-供養絵額-

遠野大晦日 473s
冬支度

遠野物語拾遺194は次の話です。
遠野の六日町の外川某の祖父は、号を仕候といって画をよく描く老人であった。
毎朝散歩をするのが好きであったが、ある日早くこの多賀神社の前を通ると、大きな下駄が路に落ちていた。

老人は、ここに悪い狐がいることを知っているので、すぐにははあと思った。そうしてそんなめぐせえ下駄なんかはいらぬが、これが大きな筆だったらなあといったら、たちまちその下駄が見事な筆になったそうである。老人はああ立派だ。こんな筆で画をかいたららなあといって、さっさとそこを去ったという。

またある朝も同じ人がここを通ると、社の前の老松が大きな立派な筆になっていたという。

近年までその松はあった。この神社の鳥居脇には一本の五葉の松の古木があったが、これも時々美しい御姫様に化けるという話があった。
                                                   「遠野物語拾遺194」

この話に出てきた外川仕候という絵描きは供養絵もよく描いた人だといいます。
わたしがこの供養絵を初めて見たのは遠野ふるさと村の図書室の奥でした。この遠野ふるさと村は遠野市附馬牛(つきもうし)町にあります。去年2014年10月に封切られた葉室麟原作の映画「蜩の記」のロケが行われた場所です。
南部曲がり屋が景観と調和して保存してあり,ゆっくりと昔を巡ることができる場所です。

蜩ノ記 (祥伝社文庫)蜩ノ記 (祥伝社文庫)
(2013/11/08)
葉室 麟

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さて今日は,お正月の記事でも紹介した供養絵額を紹介します。下の絵です。

遠野大晦日 356-2s
供養絵額

供養するための絵ですから生前の似姿が描かれ,あの世でも幸せに暮らしてほしいという思いが画面から伝わってきます。共に暮らして亡くなった人が,時を隔ててあの世でも楽しくごちそうでも食べながらお酒を酌み交わして話をしていてほしいという家族の気持ちがそのまま絵に描き表されているのでしょう。

遠野大晦日 356-2-1s
ごちそうはお酒,お刺身,お櫃,お菓子が並びます。酉松さんはキセルを持っています。生前も煙草をたしなんでいたのでしょう。

遠野大晦日 380-2s
絵の右上には戒名や享年,没年月日が記されています。右側の男の方は酉松吉さん,享年77歳,左の女の方はおこまさん,享年29歳と読めます。
慶應元丑年六月十七日
                          南学カ(木偏に可)月禅士
                          行年 七十七歳 俗名 酉松

                          明治十一年寅年旧六月二十八日
                          暑岳光林信女 
                          行年 二十九才 俗名 おこま


遠野大晦日 354-2s
施主は「根岸村の藤田酉松さんと福松さん」です。

そして絵の右下には「外川仕候 六十九番」と読めます。
そうです。この記事の冒頭に出てきた遠野物語拾遺194に出てきた絵師です。

供養絵額は岩手中南部にだけあるもので大変めずらしいものとされています。流れ的には絵馬という伝統から発しているのだと思われます。オシラサマの話にある実際の馬,馬の人形,絵馬,供養絵という流れもあったのでしょう。この供養絵額は遠野独自のものだったと描いてありましたが,実はわたしは子どもの頃,地元の北上川沿いの上沼弥勒寺という寺で見たことがあります。そこで弥勒寺に行ってみて,ご住職とお話ししたところ確かにありますという返事でした。ただ珍しいことだということは確かでしょう。山形の天童市周辺にある冥婚のムサカリ絵もほの哀しいものがあります。幕末,明治,大正というさほど遠くもない時代にこのような人々の思いが記録として残されていることは宝だと思います。

「供養絵額」
この重要さに目を向けた特別企画展が2014年の夏に遠野博物館で行われたようです。



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