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新・遠野物語

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遠野物語を読むと,様々な神様やら仏様が登場します。
まずはオクナイサマ。屋内様と書いたり御宮内様と書いたりしている。佐々木喜善はどこかで「御宮内様」と言っていたと思う。これはオシラサマよりも古いと言う。男と女のペアの神様らしいが,昔から拝まれてきた神様だという。そこへオシラサマがやってきてオクナイサマと同じように白くお化粧したり拝んでいたという。しかし,遠野物語拾遺80ではオクナイサマは「二尺ばかりの神像」となっている。
山口の大同の家のオシラサマは、元は山崎の作右衛門という人の家から、別れてこの家に来たものであるという。三人の姉妹で、一人は柏崎の長九郎、即ち前に挙げた阿部家に在るものがそれだということである。大同の家にはオクナイ様が古くからあって、毎年正月の十六日には、この二尺ばかりの大師様ともいう木像に、白粉を塗ってあげる習わしであったのが、自然に後に来られたオシラサマにも、そうする様になったといっている。
                                                     「遠野物語拾遺80」
まずは御宮内様がいて,後でやってきたオシラサマを喜善は入りたいと言っているので家に入れさせた,という言い方をします。あくまで神様は自由意志で動いて引っ越すことがよくあるということです。どこか座敷童子(ざしきわらし)の引っ越しに似ています。
毎年正月の十六日はオシラサマの祭日のオシラ遊びの日です。実はこの日,もともとは御宮内様の大師様の木像に米粉を塗ってお化粧してあげる日であったのです。そして後にやってきたオシラサマにもお化粧してあげたということです。喜善の日記の大体二月二十日辺り,小正月の次の日を読むと
今日ハオシラ遊ビニツキ丸古立の母,厚楽ノ祖母,柳立ノ叔母ナド来リ鏡餅ヲ持ッテキテ供フ。オシロヒナドヲヌリテアソバス。
オシラサマは女の人だけの神様ですが,厳しい面もあると言います。山の神の役目も果たしていて狩りに行くのにオシラサマの向いた方が吉方位と言って占いを立てていたそうです。眼の神様でもあり,病気を治してくれたりします。
御宮内様の大師様の神像は一体何の像なのでしょうか。「遠野物語の原風景」を書いた内藤正敏に依れば,聖徳太子像だと言います。そして聖徳太子信仰の太子堂,金山と結びついていきます。

日曜の晴れた朝 251-2s
氏神様

コンセイサマもいます。金精様と書いたりします。
男のものを祀っています。下の写真を見て下さい。このコンセイ様は私の地区にあるものです。私自身も昔から見て,知っていました。民間信仰という形で昔は田舎のどこにでもあったと思います。
佐々木喜善が話したコンセ様もありますが,柳田国男はただ下ネタで興味本位に走ることを嫌って程ほどにと口止めしていたようです。遠野では,コンセ様をお駒様という形で信仰していたと言います。駒形神社です。

さて遠野では人が亡くなって寺で葬式を済ませた後,地区に戻ってきてからまたお念仏を唱えるといいます。「座敷念仏」と言われています。実はこの座敷念仏の偈文(げぶん)に幾重にも重なった遠野の信仰が隠されていたのでした。
その話はまた後にします。

日曜朝さんぽ道 671-2s
コンセイ様

御宮内様,オシラサマ,コンセ様,隠し念仏,マイリノホトケ(十月仏),ダンビラケ(修験の断食開き)その他にもたくさんの神仏が遠野に息づいています。幾重にも重なりながら,溶け合いながら,互いの威厳を損なわないように遠野の人々はこれらのすべてを受け入れてきたのです。


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別れの季節

花 004-2s
花を贈る

別れの季節に
妻がある人に
花を贈りたいという

春先のこの季節
様々な明るい色の花が
細くたなびくような別れの心細さを
いっとき明るく灯すような気がします

贈る花を写真に撮ってと言う妻
花の写真って難しい




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長沼-春の朝-

長沼春の朝s
長沼-春の朝-

対象を見つめて見つめて,見つめ切ったその奥に何が見えてくるのか。
どんな景色が見えてくるのか。

「出家とその弟子」を書いた倉田百三は,一燈園で「見つめる」という行為に取り憑かれ,とうとうノイローゼになってしまいました。
美しい風景というよりは,日常の景色を美しさまで昇華させていく見つめる行為が写真をつくる作業となるのでしょう。

長沼 087-2s
咲き始めたウメ

東山魁夷は,日本人の美意識をマクロに見る眼にあると,「風景との対話」で言っていました。ズームアップして微細なものに美を発見する能力に優れていると言えます。その認識方法が俳句に結実しているのでしょう。しかしその方法がそのまま写真として使えるかというとそうでもないところがあります。というのも写真には陰翳が通奏低音のように鳴り響いている部分があるからです。
様々な考え方があるでしょうが,俳句にはものの輪郭を際立たせる効果があり,陰翳によって輪郭を際立たせるという方法は写真独特の手法かもしれません。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の魅力がそのまま写真に適用させたらどうなるか,この辺りがとても興味深いところです。

長沼 058_59_60_tonemappeds
一本の樹

出家とその弟子 (新潮文庫)出家とその弟子 (新潮文庫)
(1986/11/14)
倉田 百三

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風景との対話 (新潮選書)風景との対話 (新潮選書)
(1967/05)
東山 魁夷

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陰翳礼讃 (中公文庫)陰翳礼讃 (中公文庫)
(1995/09/18)
谷崎 潤一郎

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明治期からの風景認識論を書いた本はないでしょうかね。興味があります。


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