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伊豆沼-春の朝-

土曜の朝 062-2s
今朝は穏やかに晴れ上がった伊豆沼の朝でした。
気温2℃でした。
特に日の出前の色は冬の鋭さに柔らかさが加わった暖かみが感じられます。

土曜の朝 280s
タゲリがいました

ハイイロチュウヒやオジロワシが最後の伊豆沼を楽しんでいるようです。
ミサゴがゆっくりと飛んでいきました。
林ではかなり大きなドラミングの音です。アカゲラではないような音の大きさ。音の主を探しましたが見つかりませんでした。
夕方からタヌキたちが随分と歩き回っているのを目にします。皆ペアだったり親子だったりします。

土曜の朝 185-2横gs
羽が一枚

さて今日は大沢真幸「不可能性の時代」の中で著者が引用していたスラヴォイ・ジジェクのルイ9世のエピソードを書いてみます。
不可能性の時代 (岩波新書)不可能性の時代 (岩波新書)
(2008/04/22)
大澤 真幸

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聖王と言われたルイ9世が十字軍の進軍の中で一人の老女に会いました。
その老女は右手に火を持ち,左手には水を持っていました。
「どうしてそのようなものを持っているのか」とルイ9世は尋ねました。
すると老女は答えました。
「火は天国を焼き尽くすための火です。そして水は地獄の業火を消すためのものです」
「どうしてそのようなことをする必要があるのだ」
「人は天国に行くために善を積むものでしょうか。天国を報酬とする善い行いとはいかがなものでしょう。そして地獄の恐怖をから救われようと行う善とはいかがなものでしょうか。私はそんな利益のための行為を望みません」
そして老女は一時の間まとめるようにして言った。
「ただただ神への愛だけのために,善いと思うことはされなければなりません。」


土曜の朝 367s
マガン。北帰行の準備

このエピソードは一体何を私たちに語りかけているのでしょうか。
もう天国も地獄も信仰には関係ないとも言わんばかりです。しかしこの老女はもちろん無神論者ではないでしょう。それどころか実に熱心な信仰をもっている人だとわかるでしょう。ここに信仰を徹底化していくと,人間の究極の姿が現れ出てくるということが分かります。人は信仰を突き詰めていけば,自分が実に道徳的に振る舞う存在になるということを言っています。神への真の敬意を示す方法とは神の存在を無視して我自身が道徳的に振る舞うということを言っています。

この話はやがて新・遠野物語へと続いていきます。その話はまた後に。


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