FC2ブログ

さくら天の川

天の川 038-2s
天の川と一本桜

今年は10日余り早い開花となったこちら宮城県北部の一本桜です

今シーズン,こちらは寒暖の差がはっきりした分だけ,桜の開花がそろっていたと感じます。
ソメイヨシノも山桜もエドヒガンも今が盛りと咲きそろっています。昨晩も2℃でしたから朝晩はかなり冷えます。暖かい陽気の昼と冬を感じさせる朝晩の冷えのめりはりが桜の開花をそろえさせたと思います。

思えば昨年の9月のマガンの渡りは10日早かった分,季節は10日分早く進んでいるペースが今も続いていると言っていいでしょう。実に自然は規則正しく進んでいるものです。

今年は開花前からこの桜を見続けることができています。
朝に,昼に,夕方に,夜に

何もどここことたくさん桜を見に出かけるよりは,自分の好きな桜をゆっくりと見続ける方がいいなと思うようになりました。

私にとっては,この桜です。

今日の一本
今日の一冊ではなく,映画です。
デビット・フィンチャーの「ゴーン ガール」をやっと観ました。
観たいと思っていた一作でした。いやフィンチャーだから観たいと思っていたのでした。

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)
(2013/06/06)
ギリアン フリン

商品詳細を見る


天の川が昇るまでの空いた時間に観たこの映画は期待通りのものでした。

典型的な悪女を描くとクルーゾーの「悪魔のような女」(1955)になりますが,これ以上の作品はないと思っていました。しかし現代に悪女の物語を再現するとしたらゴーンガールになるんだなと納得させられました。
結局はつじつまを合わせるために少し説明的になり,作品そのものの統一感がなくなりそうになりましたが,何ともエミリー自身がつじつま合せに走るわけですから編集もエミリーの感情に合わせるとこうなるのでしょう。旦那のニックは巻き込まれ型映画の主人公になってしまいます。
クライマックスはデジーがのどをかき切られるシーンでしょう。そこで初めて殺人が行われるわけですから。ハーバート大出で,賞ももらい優秀な女が知性というものをかなぐり捨てる,そしてデジーという知性の頂点にいる者を消し去ることで人間の中にある残虐さ呼び覚ますのです。まあ2時間弱も我慢して付き合わされた観客が観るためにはあれくらいの描き方がリアルなのでしょう。ただ我慢の感情の代償としてですよ。
私が黒沢清と並んで,フィンチャーの映画が好きなのは,映画の中に出てくる仕掛けがすべて不可解な人間の物語の一端を丹念に描こうとする真摯さに共感しているからです。つまり準備のよさが,ゴーンガールの中でも宝探しの手紙やマスコミの勝手な噂,突きつけられる証拠,結婚記念日のプレゼントと具体的に描かれます。ヒッチコックはこのことを「レッドヘリング(赤にしん)」と言いました。観る者を画面や展開に引きつけておく小道具的なものです。はらはらさせて引きつけておくように筋書きの中に組み込まれているものです。夫婦でも理解のために用意された喜ばしきもの(言葉,手紙,プレゼント,出来事やサプライズ)がいつの間にか相手を追い込んでいくものに変わっていく。理解されるために発せられたものが届いたときには相手を苦しめるものに変貌していく不思議や恐怖。

信頼はやがて恐怖に。愛情はやがて・・・。
ヒッチコックならこう言うでしょう。
愛情はやがて「殺人に」

このスタンスの取り方こそサスペンスの醍醐味でしょう。人間なんて容易に理解できるものじゃないよというサスペンスや興味半分では終わらないホラーの表現の定石が確かにあります。


クリックしてね
にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村