FC2ブログ

遠野物語-遠野の信仰-

十六夜の月の広場へs
十六夜の月の入り口

 「遠野物語」を読んでからというもの,なんか自分の前世の記憶が甦るような不思議に懐かしい気持ちになったのでした。
 そういえば私が幼い頃,若柳の互市で山伏の話も聞いたことがあったのです。昭和30年代後半だったと思います。その頃は宮城のこの県北でも托鉢僧が家を廻っていたりしていました。近所では頼母子(たのもし)講が行われて,さなぶりという農閑期には出羽三山参りも熱心に行われていました。
 そういう忘れ去られていた自分の記憶が,「遠野物語」の中の話で自分の幼いときの記憶とつながって自分の人生が再構成されていったような気がしたのです。
 それからというもの,柳田国男や佐々木喜善,折口信夫,そして仏教や民間信仰に目が向き,石仏や修験道,廃仏毀釈と明治維新と興味の赴くままに本を読み漁ってきました。

こどもの日遠野 413-2s
裏の畑の社

そして昨年辺りから,遠野で昔から行われてきた信仰は,まるで自分の求めて来たテーマを集大成した事実そのものではないかと大それたことに気が付いてしまったのです。もう大変です。後戻りはできません。隠し念仏,オクナイサマ,オシラサマ,早池峰信仰,熊野三山信仰,出羽三山信仰と遠野の山伏,平泉の黄金文化との関係,マイリノホトケと聖徳太子信仰,採金術, 山師と山伏,小松長者伝説。
 もう幾重にも重なり尽くし,縦横無尽に絡み合って変容してきたこれらの遠野の信仰形態は,めくるめくおもしろさの第一級の歴史ミステリーではありませんか。ここには仏教,神道,社会構造,文化,武家社会の構造がごった煮になっています。
これらを自分なりに整理整頓してみたいと思うようになりました。

こどもの日遠野 470-2s
樹の神の家

そうこうしているうちに月日は過ぎ,少しずつすっきりしてきました。

すごく省略して視点だけを述べておきます。
○ 宮城県中・北部から岩手,山形,秋田,青森一帯まで,熊野三山や出羽三山との修験道による政治的文化的な統一がなされてきた特徴があること。また天台密教が広がっていたこと。
○ 所々の政治的・文化的な伝播は陸路よりは舟によって確実に広がっていったこと。例えば北上川を中心として稲井石と供養塔の内容は鎌倉武士が入ってきた時代と一致すること。またその流域に天台宗の寺が多いこと。また金の採掘と修験者が深く関わっていたこと。
○ 仏教や修験道,天台密教は鎌倉武士の流入によって更に加速されたこと。供養塔の造立年代によって分かること。
○ 遠野の在家仏教や隠し念仏,マイリノホトケと言われる十月仏の念仏の中や供養絵額,人形供養,絵馬,神楽等にそれらの見事な文化の融合が見られ,長く保存,継続されてきたこと。

これらの視点が明らかになってきたのです。さあ,これを一つ一つほぐして明らかにすることは至難の技です。しかしこの遠野歴史ミステリーに,はまってしまっては逃げられません。

今日の本
「隠し念仏」 門屋光昭 東京堂出版 平元
熊野三山信仰事典
熊野三山信仰事典



にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村