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伊豆沼の鯉料理

クラス写真3-1 078-2s
伊豆沼の水田を往く上り電車バックに栗駒山を望む

鉄道写真を撮るようになり,鉄道が敷かれた時代を感じさせる文章にも興味を持つようになりました。
私自身,伊豆沼の所に住んでいて,やはり宮城県辺りの紀行文に目を通したいと思っています。

「随鑾紀程(ずいらんきてい 1884)」という本の「巻2」は仙台を出て岩手県に入る記述が載っています。この本は明治14年,明治天皇が北海道巡幸に随行した際に書かれたものです。
そこに伊豆沼で穫れた鯉の料理が美味であったと出てくる。川田 甕江(かわだおうこう, 1830-1896)という人が書いたものです。

鯉料理伊豆沼
「随鑾紀程(ずいらんきてい)」巻2 赤い線が伊豆沼の記述

大体を訳すると
古川から北へ行くと,だんだんと粗末な家々になり,出される食事も口に合わなくなってきたが,その中で出た鯉料理はまた格別においしく,どこで獲れた鯉かと尋ねるとよく分からない。その話す言葉では分からないので書いてもらうと「伊豆沼」だと分かった。なんだかおかしかった。
となるのでしょう。

電車と伊豆沼 018s
伊豆沼を通る東北本線

明治時代の様子をよく伝えています。しかしこんな土地だった所に鉄道を延々と敷設するという大事業そのものがすごいことであったと思われます。東北本線は明治16年7月に上野-熊谷で開通。青森まで開通するのは明治24年です。明治天皇が来て10年後の鉄道開通ということになります。



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