鹿踊りの始まり

栗駒1月最後 287-2s
中尊寺荘園 骨寺村駒形根神社にあった行山流鹿踊り碑 文久三年(1863)

ここは骨寺村。
昔,藤原氏の時代から中尊寺の荘園であった所です。一関市厳美渓から栗駒山に向かう途中若神子地区に骨寺村はあります。この骨寺村は美田の村で,昔懐かしい村の景色を味わえる数少ない場所だと思います。この村に駒形根神社があり,その境内にこの石碑はあります。「行山鹿子踊供養碑」と銘されており,右に文久三年(1863)とあります。明治維新前の新しく感じる供養碑でした。石碑には「中立鹿・・・」まで見えていますが,「中立」はこの辺りの地区の名前でしょうか。石碑の上部に伊達家の家紋「九曜の紋」が刻まれています。
「行山流鹿踊」の「行山流」が伊達式部宗倫に召し抱えられて発展したので,伊達家認定の九曜の紋が太鼓にも衣装にも使われています。

6年生を送る会 658-2s
一関市東山町の行山流大木鹿踊「くるい踊り」

今日は東日本大震災があった3.11の日です。一関文化ホールで「第13回いわい地方民俗芸能祭」が行われ,追悼や鎮魂の意味も込めて,神楽や鹿踊りが披露されました。今日の写真は奉納された鹿踊の様子です。

鹿踊りは説明も必要でしょう。WIKIを見てみましょう。
鹿踊(ししおどり、しかおどり)は、江戸時代の南部氏領(盛岡藩)、および、伊達氏領(仙台藩・一関藩・宇和島藩)、すなわち現在の岩手県、宮城県、そして愛媛県宇和島市周辺で受け継がれている伝統舞踊。福島県にも類似の鹿舞(ししまい)がある。(中略)「太鼓踊系」は大きく行山流(ぎょうざん)、金津流(かなつ)、春日流(かすが)の3つに分類される。このうち最も古い行山流から、金津流および春日流が分派し、行山流においても諸派(仰山流、山口流、奥野流、奥山行山流、早川流ほか)に分かれた。行山流は現・宮城県本吉郡南三陸町志津川、金津流は現・宮城県仙台市泉区(旧・宮城郡国分松森村)[7]、春日流は現・岩手県花巻市東和が発祥地と考えられている。伊達氏に認められた流派では、衣装や締太鼓に伊達家の家紋である「九曜」「竹に雀」「竪三引両」等が染め抜かれている。伝統的な踊りは神社での神事やお盆に際して行われ、鹿頭をかぶった踊り手が8人(八ツ鹿踊)ないし12人集まり、仲立を中心に各々が役回りを持った演目が舞台に見立てた場所で踊られる。
もともと行山流は,宮城県本吉郡南三陸町志津川水戸辺が発祥の地とされてきました。

6年生を送る会 602-2s
大東町の行山流小沼鹿踊「入羽,大入羽,水車,一人狂い,三人狂い」

私が見た小沼鹿踊も大木鹿踊りも素晴らしいものでした。
子どもの頃にお祭りでよく神楽が奉納されていました。義経の東下りなどが演目にあって,村の年寄り達が感動して泣いていたのを憶えています。まだ娯楽も少なかった時代に神楽などは本当に楽しみなものの一つだったのでしょう。子ども心に神楽は不思議なものでしたが,それを見て泣くとは。こんなお年寄りの感情を子ども心に不思議に思ってよく憶えていたのでしょう。
宮澤賢治だって昔の人ですから,鹿踊の魅力はよく知っていて,名作「鹿踊りの始まり」を書いたのでしょう。「注文の多い料理店」のラストを飾る童話が「鹿踊りの始まり」なのです。この話は嘉十が膝の療養のために温泉に向かう途中で大きなはんのきのあるススキ原で休みました。栃の実団子を食べて腹ごしらえをして出発すると手ぬぐいを忘れたことに気付き,はんのきの所に戻ります。すると鹿がさっそく六頭,はんのきの下でぐるぐる回っていたのでした。こんな話でした。

6年生を送る会 666-2s
一関市東山町の行山流大木鹿踊「くるい踊り」

鹿踊りのぐるぐる回って踊っていた様子がそのまま鹿の動きになって描写しているのでは?と,見て思うのです。
とにかく賢治の描写は鹿踊りの様子をそのまま鹿の物語に置き換えていったのではないだろうかと感じます。賢治はこの物語の始まりをこう書いています。
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神を語りました。

一人狂い,三人狂い,入羽,大入羽はそんな嘉十の見ていた鹿踊りの踊り手の交代を思わせます。

6年生を送る会 655-2s
一関市東山町の行山流大木鹿踊「くるい踊り」九曜の紋が見えますね。

しかし,賢治の「鹿踊りの始まり」の名作たる由縁は何と言っても踊りが最高潮に達する部分で,人間たる嘉十も踊りたくて我慢できなくなる。そして鹿達の中に踊りながら入っていく。その感情の高ぶりがいいんです。鹿も,人間も劇的な夕陽の中で,ススキの原が黄金に輝く。はんのきの巨木の下で踊ろうとする躍動感。血湧き,肉躍る舞踏への興奮。喜びや楽しさを身体全体で表現するという生の感情。やっぱり賢治の「鹿踊りの始まり」は,押さえきれないその感情を溢れさせたことで名作なのです。

実は今日鹿踊りを見ていて,私も興奮してきました。狂い踊りで回転する,繰り返す。アクロバティックに跳ぶ。なんだか踊りは知らないけれど,踊りの興奮の中に自分も嘉十のように踊りたいと思ったのです。
神楽を見て,涙する年寄り達を不思議に思った子どもの私でしたが,いい年になり,民俗芸能の良さも感じられるようになったのでしょうか。

民俗芸能が復興の一つとしてまた復活させる地区が増えています。伝統を重んじるその心は何百年も続いてきたものです。何かあったからって,すぐやめてしまうものではありませんね。今日の鹿踊りを見て,そう思いました。


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