さくらの系譜2017 その十-山王の桜-

山王の桜 042-2gs
2017年(今年)4/16撮影

江戸時代の「安永風土記」(1774)の中に出てくる「名木」の項にどれくらいの桜が出てくるか。そしてその桜は245年経った今でも元気なのか。元気だったら写真に撮りたい。そういう視点から桜の花見をするというのが今年のタイトル「桜の系譜2017」でした。しかし実際撮影が追いつかないこともあり,今まで載せた中から漏れている桜もあります。またまだ撮影していないのに花が終わっているのも出てきました。記録が取れた分だけ載せていきます。
さて,第1回目に載せた風土記の中の「名木」の項に出てきた樹木一覧をもう一度載せます。

樹木名本数
106
槻(つき)けやき 49
 25
 11
 11
懸刀子(さいかち) 12
 10 
銀杏  4
  3
  3
  2
いたや  2
風土記に出てきた名木
宮城県編(登米・遠田・本吉・桃生・栗原郡から)

ここで桜10本とありますが,改めて確かめたところ漏れているのもありますが書き出してみます。
櫻の名前場所現在の場所備考
輝井櫻 三迫有壁村  栗原市金成町有壁廻り三丈九尺
三迫有壁村栗原市金成町有壁芳慮社内
山王の櫻(山王社内)栗原郡佐沼郷北方村登米市迫町北方廻り二丈一尺
大同櫻栗原郡三迫鳥澤村栗原市栗駒鳥矢崎花ごと落ちる櫻
南殿の櫻(善光寺内)栗原郡高清水村栗原市高清水
南殿の櫻の近くに(善光寺内)栗原郡高清水村栗原市高清水
ご神木の櫻(権現社内)登米郡櫻場村登米市中田町枯れた
種蒔櫻(櫻澤屋敷内)本吉郡南方入谷村本吉郡南三陸町入谷

この他に,石巻市河南町北浦の「南殿の櫻」,本吉郡折立村(志津川町)若宮社内の「南殿の櫻」があり,10本となります。

これらの櫻の有無と,現存していれば撮影したいと思っていたわけです。
今日の写真はこの中の「山王の櫻」です。今から245年前の記録でも幹や根の廻りが二丈一尺とはすごいです。6m以上です。その山王の櫻もこのところずっと弱ってきています。石越の昌學寺の不老桜のようにならないように若い芽を生かしておきたいです。石越の昌學寺の不老桜も風土記に載っていてもいいはずですが,書き出しメモも御用書出しも現存していないようです。

山王の桜 020-2s
2015年撮影「山王の櫻」

これは2年前の山王の櫻です。白く小さめな花をつけます。楚々とした素晴らしい櫻です。

山王の桜 101-s
2014年撮影「山王の櫻」

風格のあるごつごつした根回りと幹が年月を感じさせます。樹齢は600年とも800年とも言われます。今年真ん中の幹の部分が朽ち果てて倒れていました。なんともかわいそうな気がしました。
実はこの櫻坂上田村麻呂伝説の櫻です。宮城県のホームページでは次のように紹介されています。
大同年間(806~809年)坂上田村麻呂が蝦夷征伐でこの地に陣を張り凱旋の時記念に植えたと伝えられ、現樹は数回植え継ぎされたものとも言われている。幹は三つに分かれ、根元付近の幹は腐朽が激しく、空洞化が進んでいる。枝葉は全体的に少なく、枝枯れも生じ、樹勢は著しく衰弱している。コケに覆われツタが絡まる古色蒼然とした様はまさに千古腐朽の神々しい雰囲気を醸し出している。


最後にこの櫻を夜写した写真を載せておきましょう。
山王の桜
満開の夜の星空

少しでも元気で長生きしてほしいものです。


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さくらの系譜2017 その十-桜への道-

晴れた夜の桜 204-2-1gs
桜への道

山はヤマブキの黄色で彩られるようになった。

いつも桜も終わりになってくると焦燥の念に駆られてしまう。
今年もちゃんと桜を写すことができていないなあ。

好きで通っているのに桜がとても遠い存在に思えてくる。特に最高ランクに評価された桜を写したいとは思っていない。出会って気に入った桜であればいい。そう思ってこの桜に通い始めてもう10年以上にもなる。でもちゃんと写すことができていない。きれいだと感じたものを納得できるように写してあげたい。そればかりだ。

桜への道は遠く,けわしい。


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