さくらの系譜2017その1-石越昌學寺の桜-

樹木名本数
106
槻(つき)けやき 49
 25
 11
 11
懸刀子(さいかち) 12
 10 
銀杏  4
  3
  3
  2
いたや  2
風土記に出てきた名木
風土記書出し 宮城県編(登米・遠田・本吉・桃生・栗原郡から)

地元の風土記御用書出の名木の項を早速見てみて,出てきた樹木が上の表になります。この他にも18種ほどあります。本数の多かった樹木だけを表にしました。

この中に桜は10本ありましたが,枯れてなくなっているものも多いです。
現存する桜は登米市迫町北方の「山王の桜」,高清水善光寺の「南殿(なんでん)の桜」や石巻市河南町北村の「南殿(なんでん)の桜」などです。なくなったものに登米市中田町上沼「桜場の桜」があります。中田町上沼櫻場にあった「桜」は,大きな桜だったそうですが,その時点で(宝暦終わり)では
「一 名木 一 櫻 壹本(いっぽん) 廻壹丈五尺 権現社地内ニ御座候
 先年櫻ハ枯候而当時代之木ニ御座候」
とあり,調査した宝暦13(1763)~明和9年(安永元年1772)には櫻場の桜は枯れてしまっていたということです。

さて,名木が枯れてしまう。そんな残念なことに今の自分が出くわすことになるとは・・・。

ここは登米市石越町の昌學寺というお寺です。この寺に「不老桜」という400年を越えるしだれ桜があります。

昌学寺桜 032-2s
12年前 「昌學寺の不老桜」2005,4,28

本当に美しい桜で,毎年ピンクの濃い花のつくる天蓋の下に立って見上げることを楽しみにしてきました。ただ年々花の勢いが衰え,新しい枝が伸びてこないことを心配していました。そしてまた何年か行けない年もありました。

昌学寺桜 034-2s
不老桜を見上げて  12年前 「昌學寺の不老桜」2005,4,28

これほどのしだれ桜はないと思っていました。ただ衰えた部分の幹は切られ,残っている幹から出た枝からこの花が天蓋をつくっていました。休みの日には夜にも行きました。夜の桜も撮りたいと何度も失敗しながら通いました。

平成19年4月25日(水)昌學寺桜 028-2s
夜の光に浮かぶ  10年前「昌學寺の不老桜」2007,4,25

風土記は「封内風土記」と呼ばれ1772年の安永元年に完成したので「安永風土記」とも呼ばれています。その頃は石越村は栗原郡に入っていました。不老桜は石越町の天然記念物にも指定されています。その時樹齢400年と言われましたから少なくても江戸時代始めの1614年まで遡ります。風土記に挙がっている時期は樹齢160年になっていた若い盛りのシダレザクラだったでしょう。

昌学寺桜 031-2s
はらはらと揺れる花  10年前 「昌學寺の不老桜」2007,4,25


様々な樹勢回復処置がなされたと思いますが回復はしませんでした。現在はこのような状態になっています。心配です。

ウメ電車 022-2s
今年の不老桜

ウメ電車 006-2s
救いはこの新しい枝か

しかし希望は捨ててはいけません。新しい枝が少し付いています。この枝が順調に成長してくれればまた二代目として美しいピンクの濃い花をつけてくれるかもしれません。


最後に先ほどの登米市中田町上沼櫻場の桜の文章をもう一度引用します。
「一 名木 一 櫻 壹本(いっぽん) 廻壹丈五尺 権現社地内ニ御座候
 先年櫻ハ枯候而当時代之木ニ御座候」
この中に「廻壹丈五尺 権現社地内ニ御座候」とあり「壹丈五尺」とは木の幹回りが壹丈は10尺3.03mのことですから,15尺(約4.5m)あったことになります。かなり大きいですね。風土記を見る限りでは「名木」という項に何か選定の基準があったのかどうかは分かりません。もう少し調べてみます。 櫻の字がつく地名はやはり昔にその土地に名木としての櫻があったとも考えられます。また,栗原郡のように杉を名木として極端に多く挙げている地域もありました。


今年の桜はこちら宮城では仙台まで北上しています。うちもウメが終わり,桜が咲き始めています。ここ1週間で桜が一気に開いてくるでしょう。今年も今日から桜を特集します。今年は桜の写真だけではなく,風土記のような文献から,昔からの桜を取り上げたりしながら桜を楽しんでいきたいと思います。よろしくお付き合いください。


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