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乱歩ひと言「封印された時間-百姓一揆覚書き8-」

時行神社ぐるぐる-2gs
時行神社の夜 昨夜12/30撮影
この神社がわたしが今覚書を書いている百姓一揆が起こった場所です。

WOWOWで「リング」一挙放送を全て録画して,少しずつ観ているのですが,家族が怖いの嫌いと文句を言って全く進みません。結局皆が寝静まった深夜に観ようとしますが,寝てしまいます。昨夜は一旦寝て苦労して起きてテレビをつけたら,なんとBSプレミアムで「シリーズ深読み読書会「江戸川乱歩“孤島の鬼”」」をやっていたので「リング」そっちのけで江戸川乱歩を観てしまいました。文学探偵と称する出演者達が,佐野史郎,綾辻行人,高橋源一郎,鹿島茂という面々でおもしろくないはずがないと思って観ました。

その中で妙に共感したところがありました。
「文字によって世界を知った者は,その力で自分を表現し,世界をつくりあげようとする」と言ったくだりがありました。短編はアイディアでひと息に書けるは高橋源一郎が言った言葉ですが,本格長編となると苦しみ続けることになります。何度も筆を折りながらなんとかこぎつけたのが,この「孤島の鬼」という作品なのですね。乱歩は日本で最初の本格長編に挑み,生みの苦しみの中で「文字によって世界を知った者は,その力で自分を表現し,自分をつくりあげようとする」という作業に没頭したのです。
わたしもそんな思いにとらわれていた時代がありました。だれも踏み込んだことがないような言葉だけで作り上げられる世界をバベルの塔のように建設しようとしたのです。確かに取り憑かれたように書きました。簡単に言えばアニメ「おもいでぽろぽろ」の中で,主人公の雫が一生懸命物語を書きますね。学校休んだり,成績は急降下しても今の自分はバロン男爵の物語を完結しなければ前へは一歩も進めないといった状況です。あの感覚に取り憑かれたのです。自分の生きている証をつくりたい。その拠り所は自分にとっては言葉なのだ。そう信じて真っ向から世界を自分の言葉だけでつくりあげようとしたのでした。
江戸川乱歩の「孤島の鬼」もそうした自分を極限まで追い詰めて,描き切るところに魅力があったのではないでしょうか。孤島の鬼は昭和4年1月に朝日創刊号(1巻1号)に始まり,昭和5年2月まで十四回に渡って書かれていたそうだ。乱歩34~35歳になろうとしていた時期だった。変幻自在に作り上げられるプロットはまさにエンターテインメントだと言うことができる。そこには制限や法律や道徳など一切必要がない。言葉によって作り上げられる世界があるだけです。それが「文字によって世界を知った者は,その力で自分を表現し,自分をつくりあげようとする」意味です。

DSC_2665-2gs.jpg
お社への道

さて明治二年に起こった百姓一揆の件ですが,今日が渴命書本文の最後です。
先回は以下の所を入れました。

一、 御城ヘ十日夫被召仕日用代御上様より被下置事ニ相聞得申候處一圓御渡り無之此段も申上候事⑩
一、 舊大肝入田口善作御拝領籾郡中へ新備ト名付御割付罷成候處此段も申上候事⑪
一、 西郷下村土手御普請肝入千葉彌惣太舊主願之由ニ承候處郡中村々一統人頭一人前六七人ツツ割付相成不出之分代八百文ツツ被取立候事⑫
一、 辰ノ十二月御郡奉行様為諸入料代三百文ツツ被取立候事⑬
一、 辰ノ御貳才御替金一圓御渡無御座候、此段も申上候事⑭
最後の方は次のようになっています。
一、 山立猟師共召仕ニ罷成御用ニ相立候者共ヘ金十匁ツツ御渡罷成由ニ承候ヘ共御郡の内ニハ半高位ニ相渡候村も有之一圓御渡無之村も有之是等之儀ハ御郡切村切之御改格に候ハハ無余儀奉存候間合體之者ニ斗被相渡候儀不分ニ有之候事⑮
一、 月溜銭と申ハ余郡ハ一統江被相返候ヘ共當郡ニ限リ村方より被相返候村も有是等之儀此度旁々ニ付別ニ御改格を以御郡村切之御國制ニ被相出候哉不分ニ有之是等も御吟味被成下度奉願上事⑯
一、 去年御軍事ニ付真坂町より加入馬之首尾相成候節大肝入りより郡村へ首尾落ニ在之候迚人頭壹人ニ付不少ニ割分相成候處小昧不相當ニ存彼是申出候處半分ニ御引方被下候迚百七十文ツツ被御取立相成候事⑰
一、 四ヶ年前ニ夫喰拝借被下置候節大肝入集より市中相場より壹升ツツ安直段ニ組切ニ壹俵ツツ被買取候事⑱
一、 此度佐沼町御盬蔵へ御貯被為在候御盬段々承候ヘハ一宇御川下相成候でハ郡中一統何よりの迷惑にて候間御蔵ニ有丈惣郡中江拝借被成下度是又連名を以て奉願上候事⑲
一、 此度御挽方相成候籾ハ不及申御蔵へ御貯被為有候米共に一宇郡中ニ御貸付不被下候而ハ実ハ昨年之御軍事方旁々ニ付てハ不少諸かかり多ニ付小昧一統難渋之者共殊更當一作之見詰無御座候體ニ候間何卒御拝借被成下度郡中人頭之者共前文申上候通り屋形様東京御慎ニ付候てハ是非々々御迎ニ罷登り是迄之六拾貳萬石之屋形様ニ奉仕立不申候てハ難相成郡中一統佐沼大嶽山へ寄合相立吟味仕候處小昧一統不承知之者も無之何も同意ニ御座候間華って仍てハ前文之通リ奉迎上候様御下知被成下度尚前文之ケ條早速ニ御仕分御吟味被成下度外ニ拝借願申上候通リ之儀も願之通リ不残御鹽籾米等迄前文の通リ拝借被成下度拙者共屋形様御迎ニ登京致候ても家内助り候見詰相立尚一作も為致度候間何卒御拝借之程御願も屋形様御迎え御郡下知之儀も如願被成下度郡中連判以如斯ニ奉願上候                       
                                                 以上
以上が渴命書の全文です。当時の税金の制度や取り立てられ方といったものがよくうかがえる史料です。簡単に江戸時代の税金が「四公六民」と教科書で習ったよりも重く生活にのしかかり,過酷であった現実がよく分かります。

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朝の景色 内沼 昨朝撮影

まだまだ説明には足りない部分があります。
この覚書はまだ続きます。

ひとまずは今日は大晦日。よいお年を。


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美しい朝の訪れ-封印された時間-百姓一揆覚書き7-

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きれいな朝 今朝12/29撮影

写真を見ると実にきれいです。マガンがバランスよく飛んだ朝となりました。まるで太陽からマガン達が生まれて広がってきているかのように見えます。このようにきれいに広がることはシーズンに2回とないと思います。12/21現在の調査でマガンは7万となっています。しかしハクチョウが500程度ととても少ないように感じます。


さて明治二年一月十八日に起きた百姓一揆のメモを続けて載せています。
今日はその7回目となります。まずは先回載せた続きの分です。
一、 去年より秋迄三ケ度調達金御割付ニ罷成上納仕候處彌御趣意ニ可有之候哉此段も奉伺上候事⑤
一、 御軍事方と名付御割付罷成候て是も上納仕候處右同断⑥
一、 米味噌大根菜漬等迄御割付罷成相済此段も申上候事⑦
一、 御盬渡之儀先年より春渡ハ七月納秋渡ハ冬納ニ罷成居申處去年より現買ニ罷成其上金札ニ而御払相成候ヘバ御百姓共味噌も造兼菜漬等大根等も漬兼居者も数人御座候先年通りニ被成下度此段も奉願上候事⑧
一、 御上様に上納之儀ハ金札を以て相納小昧ヘ被相渡分ハ代を以被相渡代ヲ金ニ直シ三メ貳百文ニ而引替御盬金上納仕候ヘバ大前に損金ニ罷成候間此段申上候事⑨
意訳案
⑤去年より秋まで三回も調達金が割り当てられましたが,どのような主旨なのか説明していただければと存じます。
⑥軍事徴用として,集落で何人とか割り当てられても難しいところがあります。
⑦米だけでなく味噌や大根,漬け物まで制限をつけられねのは困ります。
⑧塩の配給では現金支払いだったり,金札払いは大変困ります。漬け物さえ漬けられない者が出ています。
⑨上納の場合,金札にして上納すれば「三メ貳百文ニ而引替」という割に合わないことが生じています。これらの一連の件について後吟味いただきたい。
一、 御城ヘ十日夫被召仕日用代御上様より被下置事ニ相聞得申候處一圓御渡り無之此段も申上候事⑩
一、 舊大肝入田口善作御拝領籾郡中へ新備ト名付御割付罷成候處此段も申上候事⑪
一、 西郷下村土手御普請肝入千葉彌惣太舊主願之由ニ承候處郡中村々一統人頭一人前六七人ツツ割付相成不出之分代八百文ツツ被取立候事⑫
一、 辰ノ十二月御郡奉行様為諸入料代三百文ツツ被取立候事⑬
一、 辰ノ御貳才御替金一圓御渡無御座候、此段も申上候事⑭
何でもかんでも取り立てている現実が見えています。百姓達はすべて搾り取られている状況です。


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雪降った朝-封印された時間-百姓一揆覚書き6-

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雪降った朝

渴命書の本文です。今日はその2回目となります。
まずは1回目の意訳案からです。
一、 三ヵ年以前より御年貢下ケ札不被相渡明細帳も不被相渡何ヲ見當ニ上納可相成哉小昧ニ而不分ニ在之此段御手入御吟味被成下度奉願上候①
一、 去年大不作大水損ニ相成候處余郡ハ御買米壹圓無之當郡斗御割付上納相成候間此段も御吟味被成下度奉願上候事②
一、 高壹〆文ニ付代拾八文位ニ諸償相懸り連々難渋仕候間此段も申上候事
一、 肝入衆寄合之節御郡宿ニて酒肴ハ不及申麦蕎麦等過分諸入料かかり候間此段も申上候事④
一、 去年より秋迄三ケ度調達金御割付ニ罷成上納仕候處彌御趣意ニ可有之候哉此段も奉伺上候事⑤
意訳案
①三年前から年貢札やその明細帳も渡されず何を根拠に年貢が決められているかも分からない状況です。このことについて手入れか吟味していただきたいと思います。
②去年は大不作大水害に見舞われ,他の郡では買米を行わなかったのに当郡はまた割り付け,上納を迫られています。このことについても実情に合った処断をお願いいたします。
③壹〆文に付き代金が拾八文位とはあまりに安すぎます。これは大変難渋し困っております。このことについても善処していただくようお願い申し上げます。
④肝入衆などが寄合の折に贅沢な酒肴を取寄せ,麦蕎麦等も過分に取り立てている件もあります。このことについても申し上げます。
困窮を極めていた百姓達が実情も顧みず訳の分からない政治を続けている役人や肝入り衆等の贅沢三昧にさすがに訴えなくては収まらない現実が見えてきます。
では,次の行(くだり)です。

一、 去年より秋迄三ケ度調達金御割付ニ罷成上納仕候處彌御趣意ニ可有之候哉此段も奉伺上候事⑤
一、 御軍事方と名付御割付罷成候て是も上納仕候處右同断⑥
一、 米味噌大根菜漬等迄御割付罷成相済此段も申上候事⑦
一、 御盬渡之儀先年より春渡ハ七月納秋渡ハ冬納ニ罷成居申處去年より現買ニ罷成其上金札ニ而御払相成候ヘバ御百姓共味噌も造兼菜漬等大根等も漬兼居者も数人御座候先年通りニ被成下度此段も奉願上候事⑧
一、 御上様に上納之儀ハ金札を以て相納小昧ヘ被相渡分ハ代を以被相渡代ヲ金ニ直シ三メ貳百文ニ而引替御盬金上納仕候ヘバ大前に損金ニ罷成候間此段申上候事⑨


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朝の風景

この渇命書を読むと実に内容がよく吟味されて書かれていることが分かります。郡中の多くの人から情報を集め,現実をよく見て書かれています。実情にそぐわない取立を強いられたり,塩の配給が滞ったり,米がなかったら野菜まで取り立てて,漬け物を漬けるのもままにならない現実です。不公平がはびこり,儲ける者だけが儲けて安穏と暮らしている世の中が藩の崩壊とともに百姓達に重くのし掛かっていました。
年表でもう一回当時の様子を見てみましょう。

1865(慶応元)年佐沼地方は水害,冷害,旱魃等の天災つづき,大凶作となる。夏綿入れを着る。○6月3日より百姓一揆起こり,一万六千人ほど高清水,力石に来たがなだめられ退散。○12月23日封内五十九万石余の水旱害の損害を幕府に報告。
1866(慶応二)年七月。栗原郡若柳町元町および一迫・ニ迫・三迫の農民,凶作と重税に苦しみ,百姓一揆を起こす。
1867(慶応三)年佐沼地方旱魃のち水害。
1868(慶応四,明治元)年六月洪水。○十二月四日米川狼河原で百姓一揆。○十月二十日西磐井で百姓一揆。○旱魃で大不作。
1869(明治二)年一月十八日新田村から百姓一揆が起こる。○永井村より百姓一揆起こる。
○餓死者多数。○一月二十六日米谷の農民百人,狼河原に行き,同地の三百人と合流し米谷に押し入る。○冷害で大凶作。
1870(明治三)年物価高騰。人々は沼川の河骨(かとう)やわらびの根を掘り,松皮餅を食用とする。○十一月東磐井郡で百姓一揆。○十二月栗原郡宮沢村で百姓一揆。

もう至る所から一揆が起きて,抑えようがない状況です。
仙台藩お目付役渋川助太夫の日記「日新録」で当時を見ても,一揆への対応だけで手一杯です。それに混乱の世ですから脱藩者や他藩からの逃亡者が出没しては悪さをすることもありました。

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月沈む

頻発する百姓一揆の中でもこの明治二年一月の時行神社から始まった一揆は,打ち壊し,襲撃,強奪一切なく解散した一揆として民主主義の先鞭となる価値あるものと考えます。



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