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雲への憧憬2「春と修羅」

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この頃撮影を始めた新テーマ「新・遠野物語」の中の一枚です。これから日本人の源像を探すという流れで撮影を続けていきたいと思います。

70編を集めた心象スケッチ集(詩集ではないと賢治が言っていた)「春と修羅」の中の表題名「春と修羅」は他のスケッチから抜きんでた完成度を示していました。この詩の中だけで「雲」の描写が5回も出て来ます。下に集めてみました。
あけびのつるはくもにからまり

砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり

雲はちぎれてそらをとぶ

(玉髄の雲がながれて

雲の火ばなは降りそそぐ

「春と修羅」」という詩は雲で始まって雲で終わっていると言ってもいいでしょう。当然ながら賢治は景色を見ながら空を見上げながらのスケッチですから雲もたくさん出て来るでしょう。
第一作品の「屈折率」にも雲は出て来ます。  

   七つ森のこつちのひとつが
   水の中よりもつと明るく
   そしてたいへん巨きいのに
   わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
   このでこぼこの雪をふみ
   向ふの縮れた亜鉛(あえん)の雲へ

続く「日輪と太一」でも   

   日は今日は小さな天の銀盤で
   雲がその面(めん)を
   どんどん侵してかけてゐる

「陽ざしかれくさ」では(そんなら、おい、ここに/雲の棘をもつて来い。はやく)
「雲の信号」では「そのとき雲の信号は/もう青白い春の/禁慾のそら高く掲(かゝ)げられてゐた」と雲が出てきます。

単純に「雲」を拾っていくと54番目の詩「樺太鉄道」まで22回の「雲」が出て来るのです。賢治にとって「雲」は風景の中でなくてはならないものなのでしょう。雲は光を遮るもの,不定形で気まぐれなもの,遮られてもどかしさを感じさせるもの,広がっては心を塞(ふさ)ぎ,消えては心を明るくさせる・・・。光と共に雲は心情を決定的に変化させるものとして登場していると感じさせます。 確かに大正十一年正月から始めたこの心理学的な認識論確立の仕度としての感官記述の試みは雲の多い季節から始まったということもあるでしょう。

かつてゲーテがフリードリヒという画家に雲のカタログをつくるために様々な雲のスケッチをする仕事を依頼をしました。フリードリヒはそれを断りましたが賢治はそうした科学的な分類としての雲を描写していたわけではないようです。賢治にとって雲はあくまで絹層雲という書き方ではなく,「白い雲黒い雲」という次元の書き方のようです。

今野勉著「宮沢賢治の真実-修羅を生きた詩人-」(新潮社)の第四章に「春と修羅」完全解説という章があり,雲が退学になった保阪への恋情を示すものと解釈されていました。今野は保阪宛の大正七年六月二十七日の書簡を引用して,「私は不思議な白雲を感じる。・・・白い雲が瞭瞭と私の脳を越えて沸き立ちました。
この雲は空にある雲です。そしてこの雲は私のある悲しい願が目に見えたのでした。その願はけだものの願であります。」という文面から賢治にとっての雲は「けだものを象徴する」という意味を引きだそうとしています。しかし賢治が保阪への募る思いを雲に形容したからと言って賢治が「春と修羅」で表現した雲がすべて募る恋心という意味を表していると考えるのはどうかと思います。歯ぎしりして灰色はがねになっているのはリビドーのためと,遠く離れてしまった保阪への募る思いとばかり作品を解釈していくとフロイドの分析のようになってしまいます。そして作品「小岩井農場」は堀籠への恋心と解釈するとその意味ばかりが三面記事のように取りざたされるようになります。

私自身は賢治の風景の自動記述という方法は自分という修羅の感情振幅の度合いを表しているように感じています。つまり人の認識がかなりの「振れ」を持って瞬時瞬時に現れ出てくる感情の同時性が不規則でどれだけ多視点で刹那的であるかも同時に言い表しているのが心象スケッチの記録の価値だと感じています。当然ながら人が持っている感情の「振れ」の極端さが修羅と形容されています。怒っているものは怒っていると,嬉しいことは嬉しいと表現する前提があります。どうして怒っているのかと探る誘惑に負けてしまいます。人は意味に引き摺られてしまうとその意味を補強するように考えてしまうものです。気をつけなければいけない点ですね。

例えば「春と修羅」の冒頭
「心象のはいいろはがねから/あけびのつるはくもにからまり」という言葉はのちの「小岩井農場」の本部前を通るときにあけびのつるが伸びていてまるで雲にからみついている様子が出ています。その時の情景が強く心に残って「春と修羅」の冒頭を飾ったと予想されます。無秩序に他を占領してゆく蔓性植物の春の生長のどん欲さを表しているように感じます。 で,この詩の心に残るクライマックスはラスト4行目の(このからだそらのみぢんにちらばれ) という語句になだれ込み,集約されていくように思います。感情や認識が身もだえしながら突出点を探すエネルギーの爆発的な突破口がみじんに散らばるというイメージです。その爆発的な自分が散っていくことが春のエネルギーそのものなのです。不思議に人は,このような束縛から逃れるために爆発するイメージやスピードに乗って疾走するイメージがつきまといます。随分古い例になりますが,村上龍の「コインロッカーベイビーズ」のラストはバイクで猛スピードで走るシーンで終わっています。体制(システム)や自分をがんじがらめにしているものから抜け出すことが疾走で表現されています。何ものからも自由であることはそうした疾走や爆発というイメージで描かれる点ではこの「春と修羅」の(このからだそらのみぢんにちらばれ)という言葉は実に新しかったと言えるでしょう。


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雲への憧憬「春と修羅」

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麦畑をゆらす風

まぎれもなく70編を集めた詩集「春と修羅」の中でも表題作の「春と修羅」は群を抜く質の高さを誇っている。
何回かこの詩を説明しようと思ったが試みるごとに気が遠くなる思いがする。歩行のリズムとたたみ込まれる言葉が見事にシンクロしている。まずはゆっくりと味わいたい。

 春と修羅 (mental sketch modified)
心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の管楽(くわんがく)よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり
れいらうの天の海には
聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ
ZYPRESSEN 春のいちれつ
くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
(かげらふの波と白い偏光)
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(玉髄の雲がながれて
どこで啼くその春の鳥)
日輪青くかげろへば
修羅は樹林に交響し
陥りくらむ天の椀から
黒い木の群落が延び
その枝はかなしくしげり
すべて二重の風景を
喪神の森の梢から
ひらめいてとびたつからす
(気層いよいよすみわたり
ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
修羅のなみだはつちにふる)
あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずえまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ


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