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霧の朝

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霧の朝 今朝1/24撮影 長沼

かなり雁も減ったような気はしていました。昨日発表された鳥情報です。

上の段1/9,下の段1/24
ガン類  84,948羽   ハクチョウ類 749羽   カモ類 3,160羽   合 計 88,857羽
ガン類  28,708羽   ハクチョウ類 263羽   カモ類 3,847羽   合 計 32,818羽

それでも朝の飛びたちなどは賑やかで,まだこんなにいたんだと思わせるように雁の群れが朝の空に続きます。
例年はこの大寒の時期が一番寒く-10℃という寒さのピークが訪れ,沼の景色が一変するのですが,今年はその前にもう雁も帰ってしまったような感じです。ということはこのまま春をむかえるのでしょうか。暑さでも寒さでもやっぱり来るべきものが来ないと落ち着きませんね。
1月の今日までの気象台のデータを見ると1月の最低気温の平均が「-2.839130435℃」と出ました。また一日の平均気温の平均も見ると「1.308695652℃」と出ました。参考に10年前の平均を取って比べてみました。10年前(2010)1月の最低気温の平均が「-4.047826087℃」一日の平均気温の平均「-0.134782609℃」と出ました。

    1月の最低気温平均,一日の平均気温の平均
2010年  「-4.047826087℃」  「-0.134782609℃」 
2020年  「-2.839130435℃」  「1.308695652℃」

かなり今年は暖かい。そして今年の一月の「一日の平均気温の平均」が-(マイナス)から+(プラス)に転じています。もう残っている雁も帰り支度かもしれません。

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霧の朝 今朝1/24撮影 長沼

さて昨日は私の石碑の話があり,無事終わって安心しました。これから最後にデータベースの調整をしてデータを公民館に置いて更新していくことにしました。ところで最近の発見はあまり聞き慣れない名の石碑を見つけたことです。
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「理明(まさき)大明神」享保八年正月十三日

「理明」と書いて「まさき」と読むのです。今から60年前に書かれた村史には書いてありましたが,不思議です。どんな由来があったのか。これから調べることになります。

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霧の朝 今朝1/24撮影 長沼

さて今度の日曜は箟岳・白山祭(県重要無形文化財)です。「1月の第4日曜日例祭では弓神事(流鏑[やぶさめ])が行われ、稚児が矢を射てその年の天候を占います。恒例の正月行事は大晦日から始まり、元三会、修正会、大般若会を経て例祭に至ります。」「 」内引用。是非行ってみたいと思います。

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霧の朝 今朝1/24撮影 長沼


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新・遠野物語-江戸時代の石碑が見上げるISS-

髙橋家lineg-s
飯島の空を流れるISS(国際宇宙ステーション)1/21撮影
この場所は江戸時代の石碑がたくさんある場所です。もう夕方には東の空に昇っているオリオン座そこをISS(国際宇宙ステーション)が通過していきます。地上では遠野物語は生き続け,空の上を最新の現代科学が光の軌跡を残していきます。このギャップがいいですね。

今日はお知らせやらお願いやらです。
伊豆沼・内沼サンクチュアリーセンター新田館でスタートした「伊豆沼写真展」は順調に進んでいます。たくさんの方々に見ていただきありがとうございます。この写真展は3~4か月毎に作品を入れ替えますので,また来ていただけると違った写真が展示されています。感想もお寄せ下さい。1ヶ月経過した1月31日午後1時から写真展運営会を行います。関係諸氏や展示希望の方,興味のある方はサンクにいらして下さい。

先日,伊豆沼・内沼サンクチュアリーセンター新田館ではっとFM番組「武川健太の旅するラジオ」(土曜日午後3時~)のロケが行われました。鉄道写真家の武川健太くん。ぜひ聴いてください。また,YouTubeでこの番組の予告編動画が公開されています。
こちらもご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=uSoX5XtbfD0

地元明後日23日午後1時30分から新田公民館で石碑のお話をします。
題して「新田石碑データベース-石碑から見える新田の姿-」です。散歩しながら調べた240余りの石碑をデータベースにしたものを紹介し,データから見えてくる昔の人々の思いや信仰の姿を読み解いていきます。もしよかったらおいで下さい。

石碑種類円グラフ
新田地区の石碑種類円グラフ

年代一覧2
石碑造立年代一覧(部分)

特に馬頭観音信仰について詳しくお話できればと考えております。

資料ご希望の方はコメント欄でお知らせ下さい。

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朝の光

昨年中沢新一の新刊「レンマ学」を読み始めたと書いた。
ところが,読んで見ると一筋縄ではいかない世界で,現代の神話的論理の展開のように思われた。詩的思想学と言ってもいいかもしれない。レンマとはロゴスと対になっているレンマという概念で,「「ロゴス」は「自分の前に集められた事物を並べて整理する」ことを意味しています。その本質は時間軸にしたがう線形性にあります。それに対し、「レンマ」は「直観によって事物をまるごと把握する」という意味です。(この部分引用)」レンマ的思考は,仏教の「縁起」という横断的,拡散的,ネット状,脱時間的な考えの枠を持っています。現在のロゴスの直線的遡及的な原因-結果という考え方の枠の濫用の限界を超えられるのはレンマ的な思考なのだとして,展開していきます。今まで中沢新一を読んできた人にとっては彼から紡ぎ出され続けて来た断片的な詩がここでやっと体系付けられたと歓迎できるかもしれません。しかし,やはり手を広げすぎた感は否めず,読むのに苦労してしまいます。
こういう展開でいつも思うのですが,中沢新一の諸相を体系化する記述は可能なのかということになります。仏教的な「縁起」という一瞬の中に凝縮した無時間を時間化したロゴスで展開・記述することはファイルエラーにならないのだろうか。全く立脚点が違う世界を単純に言えば極めて優れた詩を質を落とさずに注解ができるかというような矛盾が生じます。「縁起」とは部分にして即全体です。それはすなわち時間の無化であり一瞬のうちに拡げられたすべてです。


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屋敷の南に面した池

最も貴地と為す居宅は「左に流水有るを欲す。これを青龍と謂う。右に長道有り。これを白虎と謂う。前に洿池有り。これを朱雀と謂う。後ろに丘陵有り。これを玄武と謂う。最も貴地と為す。」


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新・遠野物語-傾いた鳥居-

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新・遠野物語-傾いた鳥居-

新・遠野物語シリーズは東北のディープな源像をあぶり出すシリーズです。

普通の石を仏とするにはどうするのでしょう。神仏を石の中に呼び込むという事なのでしょうか。石を依り代にして憑依させるということなのでしょうか。石を祠として神仏を住まわせるというのでしょうか。いずれにせよ,道ばたには自然石の仏さまがいます。そして多くが石仏(いしぼとけ)です。
こんな素朴な疑問ですが,よく考えると分からないものです。
全国に伝わる「北条時頼の廻国伝説」というものがあります。今日は当地方に残された伝説の中から時頼が石を仏にするシーンを拾い出してみます。伝説の題名は「山王の桜」です。時頼が「山王の桜」を褒めたたえて帰ろうとするとそこに農民がやってきます。

すると山陰から四,五人の土地の者が走ってきて法師を留め,低頭平身して申すには,この土地は山間僻地のため寺僧や神官が来られたことはなかったが,幸いなことに御僧が本日おいでなされた。邑は今悪疫が流行して人々はほとんど農業を捨て病魔に苦しみ,日夜愁歎の涙が絶えません。願わくば吾等を憐れみ下されて悪魔退散のご祈祷をして下さいと懇願した。法師はこれを聞いて歎息し,石を拾ってくるように命じ,沢から担いできた石に筆で梵字(カ)を書いて高峯(今は高見という)に建てさせ,石に注連縄を張って読経し,祈祷が終わると,不日必ず悪魔が退散するから,その時は注連縄を解きなさい。そしてまた悪疫が流行したり,願いごとがある時には予が結んだように難度でも結んだり解いたりするようにと教えた。邑人たちは大変悦んで一泊されることを願ったが法師は袖を払って,別れを惜しむ人々を後に坂道を戻って帰っていった。
このような方法なのです。注連縄を懸けるという点がポイントなのでしょうか。川から農民が拾ってきた自然石が読経,祈祷によって力を持った石に変わります。梵字(カ)は,地蔵菩薩だと思います。そして効力は注連縄を懸けるとまた復活し,永遠にその効験は失われないのです。すごいことです。


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