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新・遠野物語「蛇神の行方5-蛇の物語-」

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夜明けの山神神社本宮

この新・遠野物語シリーズは東北の中世や近世の風景を写真や文章で再現しようとするものです。
今回の特集「蛇神の行方」は民間信仰や物語などで避けて通れない「蛇」に着目し,石碑調査の結果などから考えようとしました。「己巳供養塔」「巳待塔」「蛇神」「蛇王権現」「庚申塔」「龍神」「弁天」「弁財天」「白蛇弁財天」などの登米地方で確認された石碑はこれらすべてが「蛇」と結びついています。また民俗学では雷鳴や稲妻から,天から下りてくる「雷神」もまた龍や蛇との関連で語られてきました。日本五大弁財天(弁財天の権現は蛇)の一つ,金華山が宮城にあるので更に蛇との関わり合いがあると思われます。民俗学の吉野裕子の「蛇」の研究の実績もさることながら,自分でも「蛇」を読み直してみたいと思ったのでした。
そこで今回までは①北上川沿いにだけある己巳供養塔(不思議に内陸部には少ないこと)そして板碑を除いた石碑で一番古い石碑が上沼大泉長承寺の己巳供養塔であること
②これらの己巳供養塔と庚申信仰の盛んだったこの地域の庚申信仰との関係(庚申塔の本尊青面金剛も蛇をまとっていたこと)
③人頭蛇身の神「宇賀神」のこと
④「宇賀神」と弁才天が結びつく「宇賀弁才天」のことをお話してきました。
今日はその5回目になります。今日は蛇が出てくる昔話です。

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龍神 迫町新田飯島

宇賀弁才天の話で蛇は三毒の象徴と言われていました。三毒とは仏教の言う最も根本的な三つの煩悩、貪・瞋・癡(とん・じん・ち)のことを言います。この三毒を統括できるということが「三悪道を摂る」という意味です。障碍を除き,福徳を授け,財に預かる弁天信仰は昔からあり,更に七福神の一つとして「弁財天」と発展,その名が全国に知れ渡るようになりました。その弁才天のこの世での姿が蛇なのです。そして特に白蛇が崇拝されるようになりました。その蛇が伝説や昔話として多く残っています。

まず早速「蛇女房」を読んで見ましょう。
 むかしむかし、炭焼きがしごとの男がいました。
 この男、心はやさしいのですが、よめさんももらえぬほどの貧乏(びんぼう)でした。
 ある日のこと。男が炭焼きがまに火を入れると、かまのうしろから大きなヘビがはいだしてきました。
「おっ、よく見かけるヘビだな。ああっ、かまに近づいちゃ、あぶないじゃないか。ほれ、あっちいけや」
 男はヘビを、外の草むらに出してやりました。その夜、男の家に、美しいむすめがたずねてきました。
「わたしは、あなたを山でよく見かけていました。なんでもしますから、よめさんにしてください」
 むすめをひと目見ただけで好きになった男は、よろこんでいいました。
「ごらんのとおりの貧乏で、何もないが、それでもいいなら」  こうして、むすめは男のよめさんになったのです。
 よめさんは働き者で、くらしむきもだいぶよくなってきました。  男はとてもしあわせでした。
 やがて、よめさんのおなかに子どもができました。  いよいよ生まれるというとき、よめさんは男にいいました。
「いまから赤んぼうを生みますが、わたしがよぶまでは、けっして部屋をのぞかないでください」
「わかった。やくそくする」
 だけど、赤んぼうの泣き声が聞こえると、男は思わず、戸のすきまから中をのぞいてしまいました。
「あっ!」
 男はビックリしました。部屋いっぱいに大蛇がとぐろをまき、そのまん中に、生まれたばかりの赤んぼうをのせて、ペロペロとなめているのです。  人間にもどったよめさんは、赤んぼうをだいて出てくると、かなしそうにいいました。
「あれほど、見るなとたのんだのに・・・。わたしは炭焼きがまの近くの池にすんでいたヘビです。あなたが好きでよめさんになりましたが、正体を見られたからには、もう、いっしょにはいられません。赤んぼうが乳をほしがったら、この玉をしゃぶらせてください。わたしは山の池にもどります」
 よめさんは赤んぼうと水晶のような玉をおくと、すがたをけしてしまいました。
 男はとほうにくれましたが、赤んぼうは母のくれた玉をしゃぶって、すくすくとそだちました。
「母親がいないのに、ふしぎなこともあるもんだ」
 玉の話はうわさになって、ついに殿さまの耳にもとどきました。
「その玉をめしあげろ!」
 玉は、殿さまにとりあげられてしまいました。
 玉をとりあげられた子どもは、お腹が空いてなきさけびます。
 男はこまりはて、子どもをだくと、よめさんのいる山の池にいって声をかけました。
「ぼうのかあちゃんよう。どうか乳をやってくれ。あの玉は殿さまにとられちまったんだ」
 すると、よめさんがあらわれ、
「この子のなくのがいちばんせつない。・・・さあ、これをしゃぶらせてくだされ」
と、いい、またひとつ玉をくれると、スーッときえました。
 玉をしゃぶった子どもは、たちまちなきやんで、元気にわらいました。  ところが、その玉もまた、殿さまにとりあげられてしまったのです。お腹の空いた子どもは、またなきさけびます。  またまたこまった男は池にいき、ことのしだいを話しました。すると、あらわれたよめさんは、かなしげに目をふせて、
「じつは、あの玉はわたしの目玉だったのです。ふたつともあげてしまいましたから、もう玉はないのです」
「そ、それでは、目も見えないではないか、ああ、むごいことをしてしまった」
 男は、だいた子どもといっしょになきました。それを見たよめさんは、
「ああ、いとしいあなたやこの子をなかせる者は、ゆるさない。いまから仕返しをします。さあはやく、もっと高いところへ行ってください。・・・この子のことは、たのみましたよ」
 そういうと、よめさんは見る間に大蛇のすがたになって、ザブン! と池にとびこみました。
 池の水が山のようにふくれあがり、まわりにあふれだします。男はわが子をかかえ、むちゅうで高い方へかけのぼりました。
 のぼってのぼってふりかえると、池はふきあげるように水をあふれさせ、ふもとのお城まで流れていきます。
 そして、あっという間に殿さまもろともお城をのみこみ、どこかへおし流してしまいました。福娘童話集「今日の日本昔話」から引用
この蛇女房の話は昔話の型としては異類婚姻譚に属しています。助けてもらったお礼としての嫁入り,見てはいけないのに見てしまい大蛇だったという禁止の掟破り,玉を無理矢理奪った殿様という権力への復讐という筋は他の話と全く同じです。しかし,蛇の目であった玉ですが,玉を持っていること,その玉が不思議な力を持っていること自体がまさに蛇神,龍神だとも言えます。この玉こそ如意宝珠でしょう。思うままに願いが叶うとされる仏さまが持つ宝珠です。蛇や龍がこの宝珠を守っているとも考えられます。
「龍女成仏伝説」と言われる話があります。八才の龍女が男に性転換して成仏したという話です。女性は成仏できないという考えが当時あったのでしょうか。今では考えられないことですが。その部分を読んでみましょう。
その時竜女は一つの宝を持っていた。それは三千大千世界の価値があった。竜女はそれを釈尊に奉ると、釈尊は直ちにそれを納めた。 竜女は舎利弗に言った。
『わたしは今、世尊に宝珠を献上し、世尊はそれを納受いたしました。世尊は速やか納められたでしょうか、どうでしょうか』
舎利弗は答えた。『世尊は速やかに納受されれました』
竜女は言った。『もし私が神通力をもっておれば、世尊が宝珠を納めるより速やかに成仏するでしょう』
このとき、会衆はみな、竜女が忽然として男子に変わって菩薩となり、南方の無垢世界へ行き、蓮華座に坐して成仏し、 如来を相を表して無量の衆生に法を説くのを見た。娑婆世界の天と人とすべての会衆は、歓喜し礼拝した。無垢世界と娑婆世界は 様々に揺れ、それぞれの衆生は菩提心を起こし、受記することを得たのである。
智積菩薩と舎利弗とすべての会衆は、黙然としてこれを信じた。法華経提婆達多品(だいばだったほん )第十二の最後
この中で龍女は三千大千世界の価値がある宝珠を釈迦に渡すのです。八才の龍女はその宝珠を持つことにふさわしい女の子であったのでしょう。宝珠を持つ資格を備えた知力も品性もあるからこそ仏になったと思われます。この世を統べる大切な宝珠は蛇神や龍神に守られてこそ統一された自然界を維持させることができたのです。
このように蛇が集まるところには宝珠ではないにしても大切な宝物があるという昔話が全国にたくさんあります。
蛇がいじめられていたのを助けたところ,その蛇は竜宮の姫神であった。そして竜宮城に招待された。地を掘り,建物を壊したらそこに白蛇がわだかまっていた。そこに多くの宝が隠されていた。これらは蛇や龍神でもそうですが,財宝を守り,もたらすのが蛇という考え方が昔からあったのでしょう。蛇が集まっているのをそのままにしていたらその家はまたたく間に栄えた。逆に厭わしく思って退治したり,殺したりするとたちまちその家や家の者は貧窮に陥りついには断絶した。こうした蛇の祟りが以前に紹介した遠野物語の18-21のおもしろ半分に蛇を殺した後,毒きのこを食べた家の者全員が毒にあたって死んでしまったという話にも発展してきます。
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龍神。長沼に現わる。

またこのような龍蛇がもたらす財宝や龍蛇が守っている宝珠がその使い方によって次から次へと尽きることがない財宝がもたらされる。四合しか炊いていないのに何人食べても無くならない釜や米びつやひょうたん(ひさご)に変わったりする,まさに「打ち出の小槌」のような存在。竜宮城のお土産に小さな醜い子どもをもらい約束通り大切に育てると黄金の糞を出す話。この場合にも約束があり,その約束を守らないで欲張ると子どもも犬も,ネコも死んでしまい気付いたら元の貧乏だった。また神より授けられた子どもが最初蛇であって家が富み,大きな立派な人間の若者に育つという話。神様が蛇になってこの世に降りてきて結婚して子どもをつくる話・・・。まさに手を代え品を代えて蛇を登場させるのです。
しかし柳田國男は蛇が明確に神様になって現われたために蛇が崇拝されたのではないと言います。これは「蛇にしか見えないもの」であったのではないか。それが例えば稲妻だったりして,光の蛇と考えて「雷神」が蛇と習合されることもあったと言います。

確かに神話総体の枠を考えると天津神の降臨と国津神の交流によってこの世の神々は次々と誕生していきます。天と地の合体こそがこの世を生む神話の基本型なのです。聖なる光の蛇という稲妻は天からの神の降臨であり,父となり,人間の最も清い女性を母として神子(神の子)は誕生します。そうした聖なる神子をこの世に留めておきたいという願いもあったのでしょう。

おむすびころりんの話にあるように,穴や川や池,沼によく薪を落としたおじいさんに神様がお礼を言いに来るという話もよくあります。これもまた龍神や蛇神だったりします。つまり水の神と結びついています。そして水の神は弁才天ともつながりを持ち,効験高い仏として庶民に親しまれていきます。このつながりをつくるのが蛇や龍という形をしたものです。この場合蛇や龍は仲間です。大きさには関係ありません。
迫町北方三方島は迫川,荒川等が交錯する氾濫常習地帯でした。荒川の河川の一角に八大龍王宮が河川工事以前にあったと言います。八大龍王と龍神,蛇神と最も大切な治水を司る神々は最も祀るべき存在でした。それらが「己巳供養塔」「巳待塔」「蛇神」「蛇王権現」「庚申塔」「龍神」「弁天」「弁財天」「白蛇弁財天」「雷神」と姿を変えながらも「蛇」という概念で信仰され続けて来ました。でも,どうして「蛇」でなければならなかったのか。柳田國男が言うように蛇が明確に神様になって現われたために蛇が崇拝されたのではない。「蛇にしか見えないもの」であったのではないか。と考えます。それは一体どういうことなのでしょうか。蛇に見えて実は蛇ではないものとは・・・。蛇のようなものにしか見えない他のもの・・・。

それは毛虫のようなもの,又は毛のない毛虫のようなものだった。それが発展したイメージとして蛇になったのではないだろうか。と考えています。それはどうしてか。実は体内にいる虫にも思いを馳せていたのではと思うからです。私が己巳供養塔と庚申塔を結びつけて話したのには,庚申信仰の三尸(さんし)のことが頭にあったからです。道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫の事を考えていたからです。その辺のお話は第六回にします。



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