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「風の又三郎」考-迷いの描写について-

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栗駒山

9月1日に「夏の終わり-風の又三郎-」を書いてから,改めて「風の又三郎」のことを考えてみたいと思うようになりました。
「風の又三郎」という作品fはどこに魅力があるのだろうか。それをもう少し確かめてみたいのです。
何回読んでも,嘉助が逃げた二頭の馬を追って山で迷うシーン(九月四日 日耀)はその白眉です。山で迷うと人はどうなるか,どんなことを考えるか,どんな幻聴が聞こえてくるかを言語に置き換えた場合のお手本がここにあると感じます。立ち込める霧,消えた踏み跡,散々歩いた後にまた同じ場所に戻ってしまうワンデリング,迫りつつある不安は天候の変化によって知らされます。
空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっとかすんで来ました。冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。
 (ああ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれから集たがってやって来るのだ。)と嘉助は思いました。全くそのとおり、にわかに馬の通った跡は草の中でなくなってしまいました。
 (ああ、悪くなった、悪くなった。)嘉助は胸をどきどきさせました。
ついに迷ってしまったのです。迷いきった不安が周囲と同調して立ち上がる瞬間が訪れます。

 風が来ると、すすきの穂は細いたくさんの手をいっぱいのばして、忙しく振って、
「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」なんて言っているようでした。

山の中に一人で居る不安,取り残され感,気付いたら道がなくなっていたという緊張感。
人はこれらを子どもの時に誰しもが経験する感覚と片付けてしまいます。だから「風の又三郎」は子どもが読む童話なのだと言います。しかし,実際に山で迷ったことのある人ならばこの嘉助の不安の凍り付いた心情が手に取るように分かると思います。これはもう童話ではなくなっているのです。「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」と繰り返すすすきの穂の揺れの言語化はもう身体言語の究極の表現だと言えます。

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散歩

例えば山で迷って帰れなくなっている嘉助に更なる絶望が重なっていきます。そうなんです。不安は畳みかけるように「悪い」結果を連れてやってきます。

嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。


ここで注目したいのは下線部の「どこかで何かが合図をしてでもいるように」という書き方です。世界は嘉助に絶望の雨に打たれよと言います。一体全体「何かが合図を送っている」とは何のことでしょう。自分の不安が外在化されて行き,自分を悩ませる「何かが」世界の奥から現われてきて合図を送り始める。悲劇のライトモティーフが鳴り始めます。
賢治が「風の又三郎」で描こうとしたのは童話でも何でもなく,生々しい感情体験を言語化する試みなのです。そしてこの感情体験は「遠野物語」で描かれる山での変わった出来事と不思議にもにシンクロしているのです。森の文化に生きる人々の共通感覚なのかも知れません。そして柳田國男は続けて「山の人生」を書きます。しかし賢治は詩人ですから詩にこだわります。感覚の究極の表現へと突き進みます。その詩的な試行がまとまった形で出たのが「風の又三郎」ではなかったかと気付かされます。人の希望などすぐ打ち壊されます。

それからすぐ目の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。嘉助はしばらく自分の目を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。
 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。

助かった。家だ。すると道が見つかり迷いは一瞬で断ち切られる。助かった。しかし,その黒いものは家ではなく,大きな岩でした。そしてその絶望に呼応するように次のように情景が描かれます。「空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。」この絶望を更に深めるための情景描写はクライマックスを語り,秀逸です。藤沢周平の叙述にもこのような感情に寄り添って描かれる情景描写が出てきますが,読む者には感情を突き放す効果として登場人物の心情が,世界の小さな一隅に座標化され一層孤独感や寂しさが際立つように感じるのです。


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秋雨

完成形「風の又三郎」は「初稿風野又三郎」「さいかち淵」「種山ヶ原」といったエピソードを吸収しながら,発酵し続けていきました。賢治自身もこの作品を集大成にしようと並々ならぬ意欲で取り組んでいました。推敲用原稿を作ったり(松田筆写稿),音楽を付けること(沢里武治への作曲依頼)や取材すること(書簡)を試みていました。断片からまとまりある作品の成立という賢治の遍歴の過程が手に取るように分かるのです。幸いそれらの過程は生原稿を見たり,天沢退二郎氏のセミナーや「謎解き・風の又三郎」等で残されて現在でも読むことができます。今回はそうした記録をなぞり直して「風の又三郎」の沈み往く輪郭に指をなぞらせてみたいと思います。

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万歳

こうして見ると,山に迷うシーンが妙にリアルなことは確かなようで,これは賢治の実体験から来ていると言ったらあまりに軽薄な言い方になるでしょう。リアルさは賢治の文章の何処から滲み出てくるものかと問いを立てた方が生産的です。
先程山で迷った嘉助はとうとう迷ったまま気を失ってしまいます。その箇所をなぞってみます。

「伊佐戸いさどの町の、電気工夫の童わらすあ、山男に手足いしばらえてたふだ。」といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。
 そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
 空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。


さっきは「どこかで何かが合図をしてでもいるように」と不安の実体が文章の中で外在化されていました。またです。今度は「いつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。」です。脈絡もなく,忘れ去られた記憶からあぶくのように湧き上がってくる呪文のような言葉。その言葉は意味も分からず,いつ,誰が発した言葉かも分からない。ただその言葉は嘉助を更に痛みつけるように突然に降ってくるのです。実に巧みな表現です。このように読んでいくと「風の又三郎」も「タネリ」なども敢えて当時流行った童話の「心温まる筋の展開の妙」というものから賢治の視点は少しずれていたように感じます。賢治のスタンスは映画で言うと,まるでタルコフスキーの「ストーカー」やビクトル・エリセの「ミツバチのささやき」に近いものだと感じます。主人公がこの世でどうした,ああしたのストーリー(筋立て)の世界にいるのではなく,もう冒頭から心情の世界がすぐ始まっている世界に前提なしに入り込むのです。やはり詩的なのです。この点で私はミステリーやホラー小説のように賢治の作品を読んでいったらおもしろいと思います。いたるところに「レッドヘリング」の新手(あらて)の使い手としての表現が隠されているように思います。

今日は「迷うことの表現」を取り上げましたが,次は原稿の成立についてふれたいと思います。

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