FC2ブログ

写真は4次元を表現できるのか

朝1.10 2013-01-10 244-2s
目覚める伊豆沼(1/10)

 今朝の伊豆沼は-7℃。美しい朝でした。
 宮城県の渡り鳥調査が行われていました。数としては例年並みという結果が出たようです。

 さて,今日のタイトルは「写真は四次元を表現できるのか」というすごいタイトルです。
先日,「宮澤賢治と四次元の話をしましたが,その続きです。

 私たちは三次元の世界にいますが,それを写した写真は二次元です。構図や陰影や写真にする薬品によって三次元を再現しているように見えるだけで写真は二次元であることには変わりありません。例えば,ここに缶コーヒーがあるとします。光を当ててできる缶コーヒーの影は二次元に黒い影となって表われます。三次元の立体は光を受けて影として次元を減らしてその存在を変えていきます。二次元に表われたその影が一次元の線と交わるとそこにまた二次元の影が現れ出ます。
 このように光の投射によってできる影は,まるで次元のダウンサイジングを行いながら存在の姿を残していくわけです。
朝1.10 2013-01-10 007s
 このことはどんなことを導き出してくれるのでしょうか。

 ずばり,三次元の世界に四次元の「影」が存在しているということなのです。どんな形で・・・?わからないのです。四次元の切断面としてこの三次元に現れ出ているというのです。
 この世の因果関係は直接的に,見えているものの因果関係です。しかし,直接的でなくても,実際に見えていなくても因果関係が予想されるものもたくさんあるわけです。発見の歴史はそういうものでした。実際,望遠鏡や顕微鏡は見えないものを見えるようにして,その存在の因果性を証明してきたわけです。
朝1.10 2013-01-10 165s
 この三次元に高次元の影を見いだすには,今の空間や時間という概念から自由になる必要があります。
 20世紀初頭の世界的な「四次元への指向」トレンドが芸術や文化や科学に大きく影響を与えたことは確かです。

 写真はすべてのものを写し込んで,そこに四次元の影をどのように見いだせるのか。興味の尽きないところです。

 これらの考えは中沢新一の「東方的」を読んでいての感想から生まれた,単なる私見です。興味のある方は本を読んでください。


にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
関連記事

コメント

Re: タイトルなし

sizukuさん。いつもていねいなコメントをいただきましてありがとうございます。
この世にあるかどうかわからないものを指向して,組み立てていくということは難しいですね。そういう私も熱に浮かされたように書いています。すいません。しかし広く世界のトレンドに通じていた賢治も20世紀初頭の「四次元」という新しい思考の中にいて,考えていたことは確かです。何を作り出そうとしていたのか,長大な「小岩井農場」という作品の中にその思考実験が見いだせると思っています。
ちなみにこの「四次元」への思考がヨーロッパの心霊学の興りがきっかけとなり,怪談などの未知なるものを取り込んでいく過程が佐々木喜善と「遠野物語」,柳田国男,泉鏡花などの文壇界の異例な怪談ブームへと流れてきているとも言えると思っています。

四次元のお話、わたしの頭の構造が、理解できるレベルではないようです^_^;
空間と時間軸…やっぱり、ぼんやりと想像することしかできません。
賢治さんは、どんな世界観を持っていたのでしょうね。nittaさんは、それを理解しようとしていらっしゃるのが凄いです。

この、淡いモルゲンロートの世界で羽ばたく白鳥の姿は三次元で、それを写した写真は二次元で、白鳥の鳴き交わす声や、羽音や、スターダストの輝きや、折れハスの茎に凍りつくような空気感は4次元なのでしょうか?ああ、やっぱり難しいです。
でも、本当に美しいお写真ですね。この写真大好きです。↓の4次元のお話の所の、緑色に滲むような小径のお写真も好きです。
支離滅裂なコメントですみません<m(__)m>
非公開コメント