FC2ブログ

星空の下のひまわり畑-1945.8.10ソ連軍侵攻-

星 017ss

今日は1945年8月10日。
ここは満州国の綏陽(すいよう)。

昨日9日午前2時。
ここ満州国の綏陽(すいよう)陸軍病院が爆撃で振動した。
ソ連軍が侵攻してきたのだ。

看護婦21名全員が召集され,重症患者を含め122名の患者の避難を開始させた。
歩けない重症患者は綏陽(すいよう)発牡丹江行きの列車に乗せた。列車は出発したが,綏西(すいせい)下城子付近でソ連軍の爆撃に遭い,全滅した。
歩いて逃げた患者もソ連軍戦車隊の砲撃を受け,這々の体で綏陽(すいよう)駅に戻ってきた。先発隊看護婦10名が牡丹江を目指して患者達と共に鉄道線路沿いに歩いた。
後発隊看護婦5名は8/10太令飛行場付近でソ連軍戦車隊に包囲され患者達を連れて,営林付近で自決。
囚われの身になっては大変と婦長以下覚悟を決めて,居合わせた兵隊さんに自決の幇助を頼み東の方に向き,故国日本に別れを告げました。
 一列横隊に並び,刺し損ないのないように左の胸を開き,目を閉じて静かに待ちました。(「1・2・3,はい。」で右隣にいる人の胸を刺したのです。)それを兵隊が介錯していきました。

星図1945.8.10s
1945年8月10日午前2時のハルピン付近からの

「私達は,大抵昼は寝て夜に歩いた。夏の夜空に輝く満天のを眺めながら,よく北斗七を探しては方角を決めた。」
星 014-2s
夜のひまわり畑(この記事とは関係ありません)

「10月に入り,日本人の引き上げが開始された。見渡す限りの畑には大輪のヒマワリの花が熟れた真っ黒な実を付けていた。」


今日の話は「道-従軍救護看護婦の記録-」日本赤十字社看護婦同方会 宮城県支部 1984(非売品),綏陽(すいよう)陸軍病院,第465救護班作戦行動表から調べて書きました。

68年経っても,私達には忘れてはいけない歴史があると思います。
そして,きれいな星空が,極限状態で生き残るための星空であったことも確かなのでした。

戦争で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
関連記事