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星々と対話する者とは誰か。『フーコー』

金星と木星星のなる樹 NikonD300 12mm F4 30sec

 星景写真の中の星々は,何によって画面の中で生きてくるか。これは大切な問いの立て方だと思う。いいなと思って一晩シャッターを押し続けても,その場の雰囲気に流されていたということも確かにある。画面が独立して立ち上がってこないのである。画面に力が出るということは,ほんの些細な角度や見え方に関わってきているのだなあと失敗する度に気付かされる。
 一本の木と星空を組み合わせる。引くのか,寄るのか。この写真は寄った。曲がった樹幹を入れたかった。地球に逆らって生きた,この樹の思いがあるはずだから。つまり星景写真は画面の中に星を見る者を置く。そしてその星を見る者の思いを探ることが構図になって現れ出てくる。

 今日の本
 『フーコー・コレクション5-性・真理-』ちくま学芸文庫 
 ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』を初めて読んだときの興奮をまだ憶えている。今までこんな本はなかった。こんな知の展開があったなんて・・・。フーコーの知の技法の魅力はスタイルを産み出すということと一致していたことだった。生きるという自己責任を限界まで追及するというスタイルは実は最もアナログな生き方だ。そのアナログがいい。
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