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マヨイガ-赤い椀-

さんぽ道暮れ 468-2s

柳田国男の「遠野物語」の63に「マヨイガ」という話がある。
読んで見ると蕗を採る話だから春の話だろうけれど,どうしてだか私には雪降って辺り一面雪に埋もれ,藪も皆歩けるようになる冬の話のように勝手に思い込んでいた。

六三 小国の三浦某と云ふは村一の金持なり。今より二三代目の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門(カド)の前を流るゝ小さき川に沿ひて蕗を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門(モン)の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鷄多く遊べり。其庭を裏の方へ廻れば、牛小屋ありて牛多く居り、馬舎ありて馬多く居れども、一向に人は居らず。終に玄関より上がりたるに、その次の間には朱と黒との膳椀あまた取出したり。奥の坐敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されども終に人影は無ければ、もしは男の家では無いかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。此事を人に語れども実と思う者も無かりしが、又或日我家のカドに出でゝ物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。あまり美しければ拾ひ上げたれど、之を食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツの中に起きてケセネを量る器と為したり。然るに此器にて量り始めてより、いつ迄経ちてもケセネ尽きず。家の者も之を怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾ひ上げし由をば語りぬ。此家はこれより幸運に向ひ、終に今の三浦家と成れり。遠野にては中の不思議なる家をマヨヒガと云ふ。マヨヒガに行き当りたる者は、必ず其家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でゝ来べきものなり。其人に授けんが為にかゝる家をば見する也。女が無慾にて何物をも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしと云へり。

さんぽ道暮れ 377s

「赤き椀」が流れてくる。

妙にその赤い色がよく見える。

さんぽ道暮れ 353-2s

これも勝手な聞き覚えであるが,「雪女」の話で,雪女が家に住み着くようにになってから,男がその女に赤い櫛か鬢飾りを買ってあげ,女に無理に風呂を勧めるシーンがあった。

雪女はいやいやながら風呂に入るがいつまでたっても上がってこない。

不思議に思った男が風呂を見るともうもうと立ち上がる湯船の中に赤い櫛だけが浮かんでいたという話である。


こんな頭の中に残る赤をたよりに蓮見重彦の「「赤」の誘惑」という本を読んだことがあった。
「赤」の誘惑―フィクション論序説「赤」の誘惑―フィクション論序説
(2007/03)
蓮實 重彦

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フィクションとして語られるべきして語られる「赤」とは何を指し示しているのか。

どうして雪のまぶしい日にだけ私の中に「赤い椀」や「赤い髪飾り」が現れ出てくるのか。わからないでいる。



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