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あの世へ行く路

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雪降り積むカラマツの林

海にある賽の河原へと続く路にその老人は小屋をしつらえ住んでいた。

近くの山で草を刈っていると,いい声で唄を唄いながら脇の小径を賽の河原の方へ通っていくのを聴くことがある。
そういう時にはきっと村で誰か死んでいる。あるいは夜更けに何か独り言をいいながら登っていく声を聴くことがあった。ああまた誰か死んだなと思うと,果たして翌日には必ず村から葬式が出た。時にはめそめそとすすり泣きをしていく者もあれば,はァとただ一つ溜息が聴こえたり,そうかと思うと気楽そうに鼻唄で登っていった女もあるという。

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村には別の場所に死人の埋葬地はあったが,賽の河原に続くその小径には人が通い,周囲が切り立った崖を海に降りていくと賽の河原に着いた。賽の河原に相対して海には大きな岩が一つある。そこは死んだ者の魂がたどり着くといわれていた。だから死人が出る度に家族はその小径を通り死んだ者の魂と話をしに出かけていったのである。おそらくは魂がその場所からおいおいと海にでていったのであろう。

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およそ300年以上も前と柳田国男は言う。
そのような場所はやがてつつましくも残されては来たが,港になり忘れ去られ,人は新しい次元の考え方に変わらされ(仏教や社会制度,近代化のこと)死者には二度と会うことも許されず,別れてしまっただけの痛切さだけを教えられるようになってしまった。

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海と空とはただ一続きの広い通路であり,霊はその間を自由に去来したのであろうが,それでもなおこの国土を離れ去って遠くへ渡っていこうという蓬莱の島をまだわれわれはよそにもってはいなかった。

先祖の話 (角川ソフィア文庫)先祖の話 (角川ソフィア文庫)
(2013/06/21)
柳田 国男

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昭和20年の4回に渡る東京の空襲時に書かれた柳田国男のこの「先祖の話」は,負け行く日本へのひそやかな追憶と次々と上からかぶせられ見えなくなっていく日本人の源像を浮かび上がらせようとしている。

写真はすべて栗駒山


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