FC2ブログ

菅江真澄の描いた栗駒山-勝地臨毫雄勝郡-

    勝地臨毫雄勝郡の呼称現在の呼称
 甲  剱峯 背剱峯剣岳
 乙大門長嶺天馬尾根
 丙藤沼昭和湖か
 丁朱砂泉(シュヌマ)須川湖
 戊秣箇岳秣岳
栗駒山画像
菅江真澄が描いた「勝地臨毫(しょうちりんごう)雄勝郡(おがちぐん)」
秋田雄勝郡の名勝スケッチ集という意味になるでしょう。そして栗駒山に関係する図版は九枚あるそうです。上の絵はその中の一枚です。

文化中頃には彼は領内地誌取調方になります。菅江真澄が栗駒山に登ったのは文化十一年(1814)の八月のこと。彼は61歳になっていました。栗駒山へのアプローチは赤川沿いを入っています。現在の東成瀬村檜台村を通って須川温泉に着いています。そして立ち並ぶ奇岩の剣岩を通り尾根に上がり(天狗の相撲取り場)から栗駒山の頂上に立ちました。そして下りてきてから「御室(おむろ)」と呼ばれている垂直に立ち並ぶ屏風のような岩の下にある駒形根神社の奥宮を訪れています。この駒形根神社の本宮は今でも宮城県栗原市の沼倉地区にあります。丁度羽後岐街道の宮城側入り口に当たるところにあります。

さて絵を見ると甲乙丙丁と朱書きされ,甲-剱峯 背剱山,乙-大門長嶺,丙-藤沼,丁-朱砂泉(シュヌマ),戊-秣箇岳と名前が記されてあります。
この記述を今の地名に置き換えれば 冒頭の表のようになるでしょう。


栗駒星 257s
影栗駒

とてもおもしろいですね。今は2014年ですから菅江真澄が登ってこの絵を描いたのが,丁度200年前の1814年です。
アルプスに人が入る前にもう栗駒山には調査のため菅江真澄が登頂して絵を描いているわけです。

さて次の絵は御室から見たところでしょう。

栗駒山御室画像
これも現在の呼び名と比べてみましょう。
 
勝地臨亳雄勝郡の呼称現在の呼称     
甲  駒形根神社駒形根神社奥宮
石室向南御室
勅宣駒形大明神というお札
駒形嶽への道天狗の相撲取り場から天狗岩への道
駒形嶽雪渓御室前雪渓
独沽が森独沽ヶ森
櫃椀ノ嶽櫃が森
牡鹿郡伊奈瀬川曽波神水源へ           御沢

このようになるでしょうか。
野鳥の森 262-2s
雪から顔を出したブナの根

菅江真澄の存在の大きさを現代で再発見したのは柳田國男の業績に依ると処が大きいでしょう。
柳田國男には「菅江真澄」 という大著があり,詳しい年譜もある。私が読んだのは,ちくま文庫「柳田國男全集3」のものです。
柳田国男全集 全32巻セット柳田国男全集 全32巻セット
(1994/03)
不明

商品詳細を見る


また,深野稔生氏の「山遊びり山語り」も多いに参考になりました。
深野稔生の宮城山遊び山語り―Walking in the mountain mind (栗駒・船形編)深野稔生の宮城山遊び山語り―Walking in the mountain mind (栗駒・船形編)
(1999/11)
深野 稔生

商品詳細を見る


野鳥の森 345-2s
ブナ展葉の時

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
関連記事