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雲をめぐって-ゲーテとフリードリヒ-

月の徴候
月の徴候(栗駒山 花山峠)

1810年の9月のことだから今から200年あまりも前のことになる。

ゲーテは61歳になったばかり。カスパー・ダビット・フリードリヒも36歳になったばかりだった。
ドレスデンのエルベ川を見下ろすフリードリヒのアトリエに同じ乙女座生まれの二人が立っていた。
二人はアトリエにあった二枚の絵を見ていた。フリードリヒの最新作「海辺に立つ修道士」と「オークの森の僧院」である。

ゲーテは驚いた。今まで見たこともない絵だったからだ。
暗く荒れた海に黒い雲が迫っている。その波が打ち寄せる海辺に風に立ち向かうように一人の僧が立っていた。

海辺に立つ修道士
海辺に立つ修道士 1810年 カスパー・ダビット・フリードリヒ

誰もこのような色合いや構図で描く画家はいなかった。そしてこれからも出ることはないだろう。重厚で何か圧する雰囲気が絵から漂っていた。ゲーテの敬愛するロイスダールの透明さを感じさせる風景画とは全く違う。まさに北方の長い冬をそのままに描いた絵だった。ゲーテは唸った。

「すばらしい。今までにこのような絵は見たことがない。」
形容できない重い感動がゲーテを襲った。

「ところで」と絵からフリードリヒに目を移したゲーテはかねてより考えていたことを話した。

「雲のスケッチを描いてもらいたいのだ。わたしは現在自然現象をより科学的に解明できないかと考えている。この絵の中に描かれている雲や植物,その形態の千変万化を知り尽くしたい。」
「科学的にですか」
フリードリヒは顔に影を浮かべて聞き返した。その顔にはもう不信感が漂っていた。彼はきっぱりと言った。
「私の絵は神がなされ給うこの世のすべての美しさをたたえんが為の絵でもあります。」

「スケッチの緻密さがぜひ必要だ」ゲーテはそう続け,少しやつれたような顔のフリードリヒに草稿を渡した。
「イギリスの雲の研究なんだ」ルーク・ハワードの論文だった。

湧き上がる雲
湧き上がる雲 1820 カスパー・ダビット・フリードリヒ

フリードリヒはとにかく神住み給うこの自然が次々とこの世に贈って来る驚異を自分が記録することに集中していた。刻一刻と変化する今の世界。そしてそれを正しく記録するためには,自然からのメッセージをきちんと受け取る精神性や度量も必要だ。
彼の作品はこのようにつくられていった。しかしゲーテとてその気持ちはあった。真摯さも二人は負けない。

栗駒山 151
栗駒山日の出

フリードリヒは暫くして深い溜息をついて言った。「できないと思います」
「そうか」
「科学のシステムの中の,目的のために使われる絵ではないのです。見て下さい。この絵。」
ハワードの論文の中のスケッチを差し出した。
「違うのです」
「何が・・・」
フリードリヒはあきらめたようにうつむき,それ以上何も言わなくなった。

月昇る
月昇る (早池峰から見た薬師岳と月)

フリードリヒのアトリエを辞するとき,ゲーテはもう一度二枚の並べられた絵を見て言った。
「君に雲のデッサンをかいてもらったら私の色彩論も完成するだろう。残念だ。しかし,その絵は見事ベルリンのアカデミーに賞賛される刺激的な作品となるだろう。」


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