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新・遠野物語ー祈りとしての赤ー

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卯子酉(うねどり)様


遠野物語拾遺 35
遠野の町の愛宕山の下に、卯子酉様の祠がある。その傍の小池には片葉の蘆を生ずる。昔はここが大きな淵であって、その淵の主に願をかけると、不思議に男女の縁が結ばれた。また信心の者には、時々淵の主が姿を見せたともいっている。


祈りの形になぜ赤が多用されるのかという問いを立てるとすると,すぐ私たちはそのけたたましくもある「赤」の意味を探りたくなるでしょう。しかし,かつてこのような問いに対する答えは見つけ出された例を私は知りません。それでも私たちは何度もこのような答えの出ない問いを立てたくなるものです。
かつて遠野物語で示された私たちの外の世界からやってくるものが,例えば大男が,ざしきわらしが,山姥が,赤ら顔であったのはなぜなのか。
調べればたくさんの例を示すことはできるだろう。

ではまた尋ねてみる。そのような赤い色にどんな意味があったのか。

この卯子酉様は縁結びの御利益があるという。人の縁というものもまた人智を超えたものなのでしょう。
だから赤い布に願いを込める。血の色とかという意味ではないでしょう。

あくまで日常を突き破り,現実を超えて人の祈りを実現させるものが「赤」なのでしょう。そこには現実からたやすく逃れられない場の呪縛にかかった人間が自由の証として高く掲げる憧れがあったのです。無彩色のこの世を強く押し上げる力が「赤」にはある。

東北の祈りには暗がりの中に激しく明滅する満艦飾の色によって表されることがよくあります。
神楽の衣装,めくるめく色彩のお札や布・・・。

「赤」は現実からの逃避の意味ではありません。むしろ現実を超えていき,今を突き破っていく色なのです。自由への人間の固い意志の力なのです。

私のこの企画,「新・遠野物語」では,昔にこの地東北に生きて死んだ人々から,今に生きる私たちへメッセージの復興を狙います。それが東北の祈りの造形だと思うからです。


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