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新・遠野物語ー明治の面影ー

遠野 129s
雨戸を閉めた蚕部屋

昔はどこの家もそうだったが,座敷から縁側という部屋を伝う一間ばかりの細い廊下があり,夕方になると「雨戸を閉めて」とおばあさんから言われ,子供が雨戸を閉めていた。
雨戸を閉めると座敷などは漆黒の闇になり,座敷の中に一人いるだけでこわいと思い,明るい茶の間へすたすたと逃げていったものである。
月が皓々と照る夜は真っ暗な座敷に寝せられていても月の所在が知れた。
雨戸の板の節穴から月の光が白い棒になって座敷の障子にはっきりと映し出されていたものだった。一人寝つく前には天井板の年輪の模様にじっと見入っていたことがつい昨日のようである。

仙人峠行き 081s
仙人峠 仙人堂跡

小泉八雲の明治27年に書いた「明治日本の面影」には,明治の面影がまだかろうじて残っていた時代に生きた私たちの記憶が封じ込まれているように思えて懐かしく読んでしまうのはなぜだろうか。
その中に「おばあさんの話」がある。
他人の為だけに働き、他人の為だけを思い、他人の為だけに生きる人、限りない愛情と限りなく無私の心を持ち犠牲を厭わず返礼を求めないそんなひとだ。しかし、何世代に渡り幼い頃からあらゆる面で厳しく押さえ込む事によりついに、その有り得べからざる理想が現実の物となった。
蟻か蜂のようにエゴイズムを知らず、我がままとは一切無縁で、人を悪く思う事の出来ない人、生まれ育った社会を離れては生きて行けないほど善良な人、無論これほど出来た人は古来、稀有で女性一般の風となることは決して無かったが少なくとも昔の日本では、それがお手本に出来るくらい身近な存在であった。そして、女性というものが教育によりどれほど変わりえるかを見事に称していた。
こうした女子は声高に褒められる事もなく、静かに愛され皆に慕われた。
私のおばあさんそのものです。小柄であっても病気もせず物を大切にし,静かに人の話に耳を傾け,人の悪口など絶対言わない。一日中働き,夜は縫い物をし家族のために黙々と働き続ける。自分が苦労した話は一言も話さない。ひたすらに孫を愛し,出かけると孫にお土産を忘れない。

でも、おばあさんは、とても辛い目に遭ってきた。沢山の武士の家が金貸しに騙されて潰れて行った時代にはおばあさんも随分とひどい仕打ちを受けた。その上多くの愛する者達と死に別れた。しかし、その苦しみも悲しみもおばあさんは決して人に漏らさない。怒りをあらわにした事は一度もない。世の悪行についておばあさんはお釈迦様と同じように考える。それは迷いであり無知であり、愚かなのだから、怒るよりも哀れんでやらなくてはいけないと。おばさんの心には憎しみの付入る隙もない


遠野物語を語った時代の人々は孫達に訥々と語ってきた。
その明治という時代の空気感をいつまでも感じていたものだ。


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