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受け止めるということ

土曜のさんぽ道 010s
月齢25の月の西に木 9/20

戌年生まれの私がその守護神である飼い犬リュウを失ったことは相当な深手を負ったという気持ちになります。
見るものすべてにリュウと呼びたくなり,その姿を探してしまいます。

この休みは体調を崩し,とうとう寝込んでしまいました。
21日には賢治祭があったのですが,とても花巻まで行く体力もなく,伊豆沼のクリーンキャンペーンにも出かけられず,お墓参りもしていません。
でもたくさんの慰めのことばを皆さんからいただき,本当に嬉しく思います。皆さんありがとうございました。


思えば宮沢賢治も妹のトシが亡くなったときにはその喪失感で,詩も半年も書けなかったのですから・・・。
そしてまた至る所にトシの面影を探したりしています。死んだトシとどうして会えないのか,また姿が見えないとしても交信ぐらいはできないのかというフレーズから,
 ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
という「薤露青」の全肯定フレーズに落ち着くまでに一体どんな変化が賢治の中でおきたのだろうか。
妹トシが亡くなったのが1922年11月27日。「薤露青」の日付は1924年7月17日。トシの死から1年8か月で,「なんといふいいことだろう」とそれまでとは全く反対のことを口に出せたのはなぜだろうか。

この期間は賢治が次から次へと創作する期間でもある。自然万物の中に亡き妹を見いだそうとする試みが絶えず繰り返される期間でもある。

妹の死が賢治の中で落ち着いたからこそ「いいことだろう」と客観的に書けたのだと思います。
亡き妹をこれ以上追いかけることはできないという心持ちになったからでしょう。そしてその事が確信されたときに賢治自身の生きていく道が見え始めたのでした。
賢治は長い時間をかけてやがて妹の死を受け止めることができました。
私も今回のことをちゃんと受け止められたらいいなあ。


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